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傲慢な神に支配される環境を信者は選ぶ

「意味わかんないです。」


 俺は拓海が買ってくれた抱きぬいぐるみを抱きながら自宅ソファに転がり、拓海はその向かいのソファに座り、俺に買い与えたが今は自分の玩具と化しているロールピアノを座卓に広げ、鍵盤を適当に奏でていた。


 こんなだらけ具合の俺達が、真剣に悩んでいる教団の行く末を任されてしまった事こそ申し訳ないが、俺達を巻き込んだのはあっちこそである。


「いいんだよ。意味なんかどうでも。ここ吉さんは腫瘍ができたことで神と交信できるようになった。売れっ子芸者だった彼女は経営手腕もあった。それでいままで団体も上手く経営していたけれど、ここ吉さんが愛する副幹事が娘の琉し亜さんと結婚してしまったことで、彼女は何もかもが嫌になっちゃったってだけなんだから。」


「え?愛するの形容詞がかかるのは娘じゃなく、あの、副幹事の伊織さん?」


 俺はむっくり起き上がると、拓海はフフッと笑い声を立てた。


「だから君を主幹事で後継者なんて言い出したんだよ。彼女は娘と愛していた年下の優男に見切りをつけ、そこで自分を最後まで看取ってくれる老人ホームを作り出した。信者である職員は無給だろうと彼女の為に働くだろう。娘と伊織に一銭も自分の財産を渡すもんかという執念だ。」


「え、そのための俺指名?」


「あの人可愛い男の子が好きなんじゃないのかな?それから、君が大怪我させた郷田は、藤君の調べによると、数年前まで大手の建築会社の営業でホームを建てる時にパイプになっていた男だった。ゴルゴダさんの内部分裂、主に千野の伊織や娘に対する心変わりを読んで潜り込んだのだろうね。ぐいぐい行く男だから、千野以外はぼんやり系の団体では簡単に副幹事に成り上がれたのだろう。」


「でも、旨みが無いから、自分が次期主幹事になると称してヤクザさんにお金を借りて、そんで俺が主幹事候補になった事で郷田が破綻した、と?」


「だね。彼に関しては君の誘拐で警察に任そう。スマホの爆発なんかよくあること。建物の停電だってよくあることだ。君が仕掛けた証拠はない、だよね。」


「もちろんです。僕は状況に応じて必死に演技をしただけです。」


 拓海はぷはっと笑い声をあげた。

 それから彼の指先は、パッヘルベルのカノンを奏でだした。

 ただし、キーを押すごとに拓海の顔は不貞腐れた様なものになって、ぶつぶつと指が重いなんて呟き始めた。


 本物のピアノと違って一定以上の力で押さないと音が出ない上に、軽いタッチで軽い音などの強弱はつけられないと言う事だ。

 俺は藤と連弾した時の鍵盤の感触を思い出し、拓海に声をかけていた。


「普通のピアノを買われたらどうですか?」


「いいんだよ。これで。僕は君と生活がしたいのだから。」


 俺は拓海の言葉によって胸がこそばゆいような、ただただ温かいような、何ともいえない気持ちになってぬいぐるみに顔を埋めた。


 この犬なのか熊なのかわからない造形をしているぬいぐるみは、胴体が長くふわふわの綿入りなのに、なぜか手足の先に少し重めのビーズが入っている。

 だから抱きしめると俺の肩に抱きつくようにしてぬいぐるみの両足が掛かり、なんだかとても離し難い抱き心地なのである。


 だから、だから、ぬいぐるみに顔を埋めて泣きそうになってしまうのも致し方ないことだ。


「晴君?」


「俺こそずっと先生と一緒に暮らしたいから、だから、ちゃんとゴルゴダさん達には引導を渡しますね。」


「引導?それは可哀想じゃないか?」


「でもだって、俺は主幹事なんかなりたくないですもの。」


「でもね、新興宗教の人達は固めておいた方が安全だよ。全てを失った人間は考え方も極端になる。」


 それはアンリまでも失った俺がアンリの存在を求めるがゆえに、絶対に北沢を殺して俺を不幸にしていた学校を破壊しようと思い込んでいた事を、拓海は知っていると言いたいのであろうか。


「君が恨まれて傷つけられたら嫌だ。」


 俺が通っていた白戸下の北中学校は、殺人事件があったとの理由で閉校となっているのだ。

 白戸下の北中学校の生徒は周辺の中学校に振り分けられ、三学期からは振り分けられた中学に通う結果となっている。

 それに関して俺に不幸の手紙を送りつけたり、俺の元実家だった空き家のガラスを割った人がいたなあ、と思い出した。


「では、教団はそのままで、教祖様の気持ちを変更する方向にします。」


「では、後は晴君に任せて大丈夫かな。じゃあ、あとはよろしくね!」


「え?」


 俺は拓海を真っ直ぐに見返し、あっさりと俺に任せた神に茫然とした。

 え?後は自分がするから良いよ、とかじゃないの?

 俺が見つめる中、拓海は鼻歌を歌いながら楽しそうにモーツァルトのピアノソナタ16番を弾き出した。


「もうっ!」


 俺は叫んでぬいぐるみを拓海に投げつけ、拓海の隣に座り、拓海が弾く鍵盤に対して、藤にしたようにして適当なキーを押した。

 拓海は怒るどころか、ハハっと声を上げて笑い、俺の悪戯な左手を掴んだ。

 次いでお仕置きをしようと言うのか、俺の左手の指の間を広げ、そしてそして、なんと、正確な和音の位置になるように俺の左手を鍵盤に置いたのである。


 へ?


 さらに拓海が俺の背に覆いかぶさるようにして俺の右側から右腕を伸ばし、俺の左手首を彼の左手が掴んでいるという姿となった。


「さあ、僕が右でメロディーを奏でる。君は僕のメロディーの伴奏になるようにこの手の平を動かすんだ。そして僕の指先を見て、君の指先は僕が弾いた場所と同じ場所をなぞってみようか?」


「はふ?え、ええ?本格的にピアノレッスンですか!」


「君がその気になった時、その時が教え時!いいかな。指先は脳と連動しているんだ。体をコントロールするのはリズム感だ。君はもっと動ける。君の翼はもっと優美に羽ばたく事が出来るんだよ。僕の梟。」


「えええええ!」


 俺は嫌だと騒いでみたが、拓海にすっぽりと覆われている状態から体が動かず、全く逃げる事もできなかった。

 背中に感じる拓海の存在が、それは温かかったから。

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