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相談その四 今俺に必要なのは大岡越前

 千野の手術は無事終わり、千野の手術を家族として待合室で待っていた信者は二人いたのだが、その二人のうち一人は兵頭の懸念の通りの動きを起こした。

 彼は千野の手術が終わったからと受付に出向き、俺をホームに連れ帰ろうと俺の呼び出しを院内に掛けてきたのである。


「蒲生晴純様、保護者の方が待っております。受付にまでいらしてください。」


 院内放送を拓海の秘書室で聞いた俺は、天井に向けて喚いていた。


「いませんで呼び出さなくてもいいのに!」


「そういうわけにはいかないのが大人の社会なの。」


 兵頭は俺に、ほら、と言う顔をして見せて、俺は兵頭に語った戦法で相手を巻いてやろうとソファを立ち、一人で大丈夫と言って受付に向かった。


 受付について見ると、俺を待っていた男は郷田とは全く違う雰囲気、本気で俺を自分の子供と思っているような素振りで笑顔を見せた。


 俺はそのせいでかえって目の前の男に警戒心を抱いた。

 普通の大人は俺の姿を見て、少々がっかりと言う顔をするものだ。


 俺が頭が良くて利発と聞いていたならば尚更に、百六十あるかないかの痩せっぽちで、左足の動きが悪いために杖をついているそこで、おや、という顔をするのが平常運転なのである。


 卑屈かな?


 拓海が俺を褒め称えるからか、俺に会いたいと願う人は多いらしい。

 そこで拓海は彼のお眼鏡に会った人を俺を紹介してもいるが、今まで拓海に紹介された人達が俺を見る目は、一様にそんな感じだったんだ。

 藤や兵頭は違ったけどさ。


 さて、俺の姿に眉毛一つ動かさず、満面の笑みを見せてくれた男は、ゴルゴダさんのもう一人の副幹事であり、自分が伊織いおり真成まさなという名前だと俺に名乗った。

 郷田と同じ五十代らしき伊織は、太ってもいない体をして白い肌に黒々とした豊かな髪をもっている優男風といえる外見で、あの郷田と比べると、どころか、誰と比べても見栄えが良いと言ってしまえる、何処から見ても美中年である。


 あの郷田の拗らせは、ライバルが伊織だからではと俺に考えさせたほどだ。


 だがしかし、外見は違っても中身は同じであるというのか。

 彼は呼び出した俺を絶対にホームに連れ帰ろうと考えていた。


「ホームに戻る意義が分かりません。」


「子供を安全な家に戻す事以上の意義はあるのかな?私達は君の保護を実のご両親直々に受けてもいるんだよ?」


 なんだかんだ言っても、俺の実の両親より委託されているという権限は強く、あまり強く抵抗しては郷田が仄めかしたように、拓海が性的に俺を囲いたがっているという、誰もが喜びそうな下卑た見解を勝手に公表しそうだ。

 俺はそこで、人前だからこそ、教団の祈りのポーズを取った。

 跪いて頭を垂れ、しかし胸には祈りの組手。


 さあ、お前らの教義が正しいのならば、祈りの人間から祈りを奪えるか?

 だけど、突然子供がこんな姿を衆目の中に晒せば、カルトに敏感な世の中だからこそ、お前らの団体は噂になるよな?


「晴純、くん?」


「僕は千野様の為に祈りたい。ホームでは郷田さんが悪魔の唆しに負けました。だからこそ僕はここに残り、千野様に祈りを捧げたい。また、千野様の担当医が悪魔からの電磁波を受けないように、僕が、この僕がカバーしたいのです。」


 俺は一息つき、それから今度は狂信者の如く声を上げた。


「今まで、拓海先生がご無事だったのは、僕による守護があったからとは思いませんか?だからこそ、悪魔に唆された郷田は僕と先生を引き離そうと行動を起こしたに違いないのです!」


 俺は真摯な目で、知り合いが見ていたら死ねるなと思いながらも、いや、だからこそ本気で必死な目になって伊織を見つめた。


 どうする?

 どうする?


 伊織は郷田と違い言葉を荒立てるどころか、紳士な笑顔で俺の敗北を認めるしかない言葉を吐いた。


「郷田のことは聞きました。だからこそ、今度は私が千野様の為に祈りましょう。拓海先生を守らねばならないというのならば、私が先生のマンションに出向き、私があの方をお守りしましょう。ですから、まだ子供のあなたは、子供であるがゆえに子供らしく大人に守られる環境にあって欲しい。」


 伊織は俺に対して優しくふっと笑って見せると、俺に両手を差し出して恭しい仕草で俺を立たせるではないか。


 アンリ!

 俺が飛んでくるとわかっていた相手には、俺の行動は単なる火に入る蛾にしかならなかったようだよ!


 俺は子供の浅知恵が大人に通じなかった事態に、物凄く動揺していた。

 ああ、俺に走って逃げる事が出来る足があったなら!


「まだお帰りでなくて良かったですよ。術後の説明があります。」


 俺は神の声に振り向いた。

 今の俺にとってはまさに神だと、嬉しさのまま振り向いた!

 急いで手術着を脱いできたという姿の、俺の保護者である拓海が息を切らせて俺達の前にいて、俺は彼にお父さ~んと叫んで抱きついてしまいたかった。


 いや、抱きついてしまえば良かった。


 俺の右肩はがっちりと伊織に掴まれ、伊織は拓海に説明など必要が無いと言ってのけたのである。


「説明が不要、とは?あなたの大事な千野様、ですよね!」


「千野様の養女である妻が全て聞きます。我々が千野様にすべきことはただただ祈る事だけなのです。」


 拓海はそこで顎を上げ、見下すようにふっと笑った。

 その上、教義を理解できない人ばかりでお可哀想に、と言ってのけたのだ。


「何とおっしゃいました?」


「言葉通りです。千野様はお可哀想だ。本当の意味でのあの方の想いを側近である貴方が理解されていない。だからこそ、養女の琉し亜るしあ様を後継者にされる事を躊躇われているのです。」


 うお、俺から伊織の手が外れた。

 俺は今度こそ躊躇せずに拓海へと飛び出し、拓海は伊織に傲慢な顔を向けたまま俺の背に腕をグッと回して自分に引き寄せた。


 よし、俺は安全地帯だ。

 今のところは!


「先生。説明をお受けしたいのですが。」


「では、此方へ。」


 拓海は俺の肩に腕を回して歩きだし、その斜め後ろを伊織が歩く。

 そして俺達が向かった先は拓海の応接セットがある秘書室ではなく、術後に家族が説明を受ける部屋、懐かしの待機室Bだった。

 俺と拓海が初めて顔を合わせた部屋だ。

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