相談その二 快進撃をしてきました、が
郷田達の捕縛が完了すると、俺はジャシンタステラホームの電源を戻した。
その上で事務所に戻り、館内放送を使って所員と言う名の信者全てに出来事を伝えたのだ。
「副幹事は千野様を思うばかりに悪魔に付け入られました。哀れな彼は大怪我をして地下にて横たわっております。彼には救急車を呼んであります。ですが、彼とあと二人の横田と雲井は同じように悪魔の手に落ちてしまいましたから、拘束はしてあります。彼らは警察に任せてください。」
俺はそこで言葉を止め、すうっと息を吸い込んだ。
劇的な声を出さねば。
「悪魔は千野様の力が弱まっている今、大攻勢をかけています。祈って下さい。祈りによって悪魔による拘束は解かれるはずです。僕は悪魔がさらに千野様を脅かさないように、千野様のいらっしゃる病院に戻ります。」
館内は電源を戻してあるが、職員達を封じ込めているロックを俺はまだ解除していない。
逃げ出す前に敵の数を増やしてどうする。
後五分でそのロックが解除されるとしたならば、俺達は後五分以内に敷地内から逃げなければいけない。
放送を切ると、藤は音の出ない拍手をしながら俺にウィンクして見せた。
それからそっと顔を寄せると、施設の監視カメラ映像の一つを指さして俺の耳に囁いた。
「どうする?俺達の車が置いてあるのは従業員出入り口の横にある駐車場だ。そこにはヤクザが俺達を待っている。」
「郷田のスマートフォンはとっくにジャックしてありますので大丈夫です。そこから外のヤクザ達のスマートフォンも確保してあります。」
藤は、えげつない、と俺に言って笑った。
「じゃあ、行きましょ。次期主幹事様?」
藤は俺ににやりと笑って見せ、俺の手を掴んだ。
再び俺達は地下に駆けおり、真っ赤になって呻く郷田の横を過ぎ去り、あんなに出たかった職員出入口をようやく開けた。
俺達を待ち構えているのは、菱鳥会と言う所のヤクザ二名。
彼らは拓海の黒塗りのセダンに寄りかかっており、俺達が飛び出してくるや、ゆらりと体をそこから起こし、ニヤニヤ顔を俺達に向けた。
俺は窓から俺達を見下ろしている信者達がいるのを見越して、ヤクザに向けて右手をうやうやしく大きく翳した。
「世界は悪魔の電磁波で汚れてしまっている!あなた方はその身に悪魔を宿してしまったとなぜに気が付かない!」
近所に俺を知っている人はいませんように、そんな大声を俺はあげていた。
当り前だがヤクザ二名は俺を嘲り笑った。
彼らは車から離れて、二歩ほど俺達に近づいた。
俺は再び大声を上げた。
「悪魔よ!去ね!」
俺の言葉と同時にヤクザ二名は体を震わせ、そのまま地面に跪いた。
俺と藤は、それっという風にして車に乗り込み、藤はロケットのようにして駐車場から車を走り出させた。
「最高だよ!なんだよ!あの悪魔はいね、は!いねって!」
「古語っぽい方がいいかな、なんて。」
「でもさ、君の言葉で彼らのスマホが懐の中で爆発したの?」
「普通にタイムカウントですよ。それからヤクザさんのスマホは爆発じゃありません。ガワが弱くて電圧が漏れるって不良品ではよくあることです。」
「そうだね。スマホの電池が爆発するってのもよく聞くね。全く君は嘘つきだな。俺のスマホ以外で解除できないなんてさ。」
「スマホでは藤さんのスマホ以外では解除できません。嘘は言っていないですよ。ただし、藤さんのスマホを破壊することで俺のパソコンは俺のガラケーと接続します。だからやっぱり、郷田に藤さんのスマホを持ってきて貰わなきゃ俺達は逃げ出すことはできませんでした。」
運転席の藤は、悪たれだ!と叫ぶと、大声で笑い声をあげた。
車だってスピードを増している。
一個ライトを失っている車なんだから、警察に見咎められたら病院に戻れなくなるぞと、俺は上機嫌な藤にひやひやが止まらない。
「ねえ。俺と晴君だけの時は、今度からこうして君は助手席に乗ろうよ。俺は君ともっとお喋りがしたい。嫌かな?」
「俺は喋ってくれる人がいるだけで嬉しいです。それにそれに、怖いけれど助手席の風景は楽しいですね!」
ヴィーンと駆動音を立てて俺の横と藤の横のウィンドーが下がった。
びゅうと、二月の凍える風が車内に入り込む。
「凍えてしまう風を受けてでも、俺は息がしたかった。新鮮な風を吸い込まねば俺の中がぐずぐずに腐ってしまうと焦るばかりだった。」
藤は芝居風の台詞を唱えると、さらにアクセルを踏んだ。
車はさらにスピードを増す。
周囲ではエンジン音だけでない青年達の嬌声も聞こえる。
もっとだ!
もっとスピードを上げて!
俺は怖くなって両目を閉じた。
するとそこには藤の背中しか感じなくなって、俺はさらに藤の体に腕を回して彼をさらにきつく抱きしめた。
きつく抱きしめ過ぎた!
俺はハッと目を開けて、自分が助手席のベルトを必死に掴んでいること、隣りの藤がすでに勢いを失って静かな運転に戻っていることを知った。
ヴィーンと音を立てて、俺と藤の両脇の窓が閉まっていく。
ハンドルを握る藤は疲れたような顔に戻っており、その顔を俺に向けるかわりに左手を俺の頭に軽く乗せた。
「脅えさせてごめん。俺は喋りたいんだよ。」
俺は、いいえ、しか藤に言葉を返してあげられなかった。




