連絡その三 あ、やばい
「晴君。停電って、緊急事態!君のスマホで警察とかに連絡!」
俺は真っ暗闇となった食堂で、藤がいるだろう方向に顔を向けて答えた。
「無理です。」
「無理って。」
「停電によって、この施設内のアンテナは全て機能不全です。また、外に連絡するための電波妨害というか、建物内の人間のスマホなどの電波が全部外のアンテナにも拒否されていますから、スマホは現在懐中電灯ぐらいの役目しかありません。まあ、唯一の連絡可能スマホは敵の手のうちだし。」
答えながら大窓の方へと歩いて行き、分厚いカーテンを引き開けた。
後ろの気配から、藤が俺に引いているな、というのは感じた。
振り向けば、やはり藤は目を細めて俺を睨んでいた。
停電がこの建物なだけであるので、カーテンを開ければ敷地外の外灯の灯りがガラス窓を通して入って来る。
「……それって、俺の奪われたスマホの事?」
「そうですね。俺は藤さんが外待機、という状況を想定してメールを送りましたので、ハハハ、まさか、携帯を奪われるとは、想定外でしたよ。」
俺は言うだけ言うと元の席へと左足を引き摺りながら歩いて行き、座っていた椅子の辺りに転がしてあったはずの杖を拾った。
それから自分の鞄、ハンカチとティッシュと財布ぐらいしか入っていないメッセンジャーバッグを椅子の背に掛けていたと探した。
けれど見あたらないどころか、俺が席を立つ時にはそれの存在を見ていなかったと、そこで思い出した。
きっと郷田が席を立つ時に奪っていたに違いない。
俺は軽く舌打ちをした。
自宅の鍵にキーホルダーのようにしてぶら下げているクレヨンサイズの懐中電灯は、LEDであるからか、小型でも強力な光が出る。
暗闇であれを目に受ける事になれば、恐らく俺に拳を振りかぶろうとしたところでも目を押さえて行動が止まるはずである。
そう考えて防具の一つとして用意していたのに!
今は普通に通常使いしたいだけだけどさ!
ぱっ。
「わ、まぶし!」
「君が鍵のキーホルダーをこれにしていたのは、こういう悪さを常に用意していたからなんだね。」
「藤さん。俺の鞄もあなたが?」
「いや。自宅の鍵はコピーされたら大変でしょう。合流した時点で君の鞄から抜いておいた。」
有能なんだか無能なんだかわからない藤を、今度は俺がさっき自分がされたようにして目を眇めて睨んだ。
影絵だけとなった藤は俺の顔が面白いのか、フフっと笑い、俺に声をかけた。
「次はどうされますか?次期主幹事様?」
「え?外に出ましょうよ?ガラス戸一枚ぐらい割れるでしょう?」
「え、それだけ?」
「だって、何もできませんもの。この館は電気を失いました。このままここにいても仕方が無いでしょう。外に出て警察に連絡しましょう。」
藤は暗闇でもわかるほどの溜息を吐くと、俺に手を伸ばした。
「その杖を貸してくれるかな?」
「適当な椅子を投げた方が良いのでは?」
「強化ガラスは一点集中。車の窓は尖った器具で粉々でしょう。」
俺は藤に杖を手渡し、しかし、車のフロントガラスと食堂の嵌め込みのガラス窓は違うんじゃないかとぼんやりと考えた。
「うわっ、無理だ!」
窓辺に行った藤は急いで俺の元に戻って来ると、俺の手を掴んで食堂の出口へと歩き出した。
「どうしたんですか?」
「ヤクザっぽいのが外にいた。やばいやばい。」
「それって本当にヤクザですか?最近は刑事の方がヤクザっぽいですよ。」
「ひどいな、晴君は。でもって、外にいるのは桜の大紋背負っている人じゃなくて、本物の紋々を背負っている人だよ。それは間違いない。」
「でも、どうして!」
「この施設は借金して建てたからじゃ無いのか?」
「でも、だったらどうして今借金取りが来るの?」
「夜逃げされたら困るじゃないか!動けない老人置いてかれたらそれこそ最悪だ。見張っていたら急に電気が消えたからお越しなさったんだろうな。」
え、それって俺の責任?
俺が電源強制終了させちゃったから?
ガン。
エントランスのガラス扉が蹴られる音がした。
入ってくる?
入って来たら彼らは何をする?
「地下に行こう。」
「地下に?」
「非常口というか、従業員出入り口はそこにある。」
「いつの間に!」
「千野さんが入院してから、千野関係を調べろって拓海先生に言われていたからね。この建物に関しては見取りなどは調べてある。」
「あ、それで絶対に俺についていようと飛び込んでくれたのですね。」
「不要だったらしいけど。」
「いえ。心強いです。」
「ハハハ。如才ない子だ。」
俺は藤に手を引かれながら、藤にそこまで警戒させているならば、俺にこそ教えて欲しいと拓海を恨んだ。
「全く!晴君を怖がらせたくないのはわかるけど、最初から入院患者関係で危険があるとか注意してくれていたら晴君はふらふらしないのに!」
拓海は俺の心を守りたかった、から?
あれれ、ちょっと嬉しい。
俺は子ども扱いしてくれている拓海に感謝しないとだな、そう考えながら動きの悪い足を必死で動かした。
ここは俺の足に合わせてくださいと言っている場面では無い。




