連絡その一 我は主幹事の継承者として告ぐ
「わたくし共は晴純さんの保護を親御さんから承っております。あなたの晴純さんへの傾倒の仕方は晴純さんへの今後を考えると危いものです。また、晴純さんこそあなたに洗脳されている所が見受けられる。晴純さんのご両親はそれを心配なさって我が施設に彼を預けて下さったのですよ。あなたによる彼への洗脳が解けるまで、彼はこちらの施設でお預かりし、こちらから学校に通います。」
郷田の言葉は拓海どころか、俺こそぞっとさせるものだった。
俺の親が許可している?
「勝手に決めるなよ!」
テーブルを叩いて大声を出した事で、モニターの中の拓海、郷田どころか、祈りをしている人達までも俺の方を一斉に見た。
当の俺こそ叫ばなくてどうすると、俺は立ち上がった。
立ち上がりながら、ここで俺が叫ぶ言葉は、郷田が絶対に否定できない言葉でなければならないと、俺は弁論大会用の資料にすべく千野のものと知らずに読んだあのレポートを思い浮かべていた。
頭の中で台詞を組み立てると、大きく息を吸った。
「俺の両親が神の存在など考える事は無い!よって彼らの判断は悪魔の電波によるものと心得よ!拓海先生は、拓海先生こそ、神を信じた上で、神の御業と化学の融合を実践されている方だ。千野様は、だからこそ拓海先生を選ばれた。郷田さん、あなたはそこを否定されますか?」
郷田は腕を組み首を横に振った。
そうだ、千野を信じていなくとも、副幹事と言う肩書上、彼は千野の言葉を一切否定することなど出来ないのだ。
「そうでしょう!そのような方に傾倒しないで一体誰が誰を信じるというのでしょう!良いですか!祈るのも大事です。ですが、人はベストを尽くさねばならないのです!ここで拓海先生を煩わせることこそ千野様に悪影響を及ぼすだけだと恥を知りなさい!」
どうだ!郷田よ!さああ、今すぐ俺を拓海の家に返せ!
俺は誰よりも傲慢そうに見えるように顎を上げ、俺の向かいに座る郷田を見下ろした。
ぱち。
なぜか藤が手を叩いた。
ぱちり、ぱちり。
あれ、藤の拍手に連動するようにして、遠くで信者たちが手を叩き始めたぞ。
パチパチパチパチ!
郷田が大きく手を叩き、出てもいない涙を拭う振りをしながら、俺のたった今の演技は失敗だったと俺に突き付ける台詞を言ってのけたではないか。
「ああ、お聞きになりましたか、拓海先生。ご安心ください。次期主幹事様こそ自分のお立場を存じてらっしゃる。わたくし共は彼を責任もって大事に預かります。ですから、拓海先生はご安心なさって千野様の手術に全力を傾けてください。」
ぶつん。
モニターは、え?という顔をした拓海を掻き消した。
俺は全部わかったと郷田を寒々と見返した。
この人は千野の生還など望んでいない。
手術の失敗を望み、彼女の死後は手駒にできる主幹事という俺を使い、この教団を自分のものにしようとしか考えていないのだ。
俺は負けてなるものかと声を上げた。
「みなさん!あと一時間後に千野様の執刀です。祈りましょう。ですが、ご自分の部屋に戻って、温かくして、風邪をひかないようにして祈りを捧げてください。千野様はあなた方が体を壊すことを望まれますか?」
信者達は俺に対し、一斉に首を横に振った。
俺は彼らがしていたような手を組むと、次は静かな声を出した。
「では、お部屋に戻って祈って下さい。幸せな状態の心の方が千野様に通じます。そうでしょう。千野様の言葉は、いつも、みんなで幸せになりましょう、です。」
がた、がたがた、と次々に椅子を立つ音が聞こえた。
俺は食堂を出ていく人達に笑顔を見せながら見送り、最後の一人が消えたそこで自分の敵に向き直り、郷田の顔をしっかりと見つめた。
「拓海先生は手術を絶対に成功させます。あなたの小細工など拓海先生には無用です。ですから俺の誘拐は無駄な行為です。どうぞ俺を家に帰してください。」
郷田は眉をそっとあげただけで、俺の言葉など何の感銘も受けていないという風に俺に対して手をひらっと動かした。
座れと言う事だ。
しかし俺は座らずに郷田を見下ろしたままでいた。
したらば、郷田は俺を脅すようにして机を叩いた。
「座れ。」
「いやです。」
「では、考えろ。脳の腫瘍を失った千野様が託宣を受ける事は無くなりますね。そうすると今までのお言葉も全て腫瘍による妄言となってしまう。その場合の信者達の心の行き所を。」
「死ねば永遠の教祖様、ですか。」
「まあ、まだ結果はわからない。そうだ、信者達を部屋に戻してもね、いつだって信者達は君の身を心配して部屋から飛び出てくるよ?」
俺は椅子に座り、郷田に微笑んだ。
「じゃあ、しばらくは大人しくあなたと一緒に座っていましょう。せっかくの食事も全部食べてしまいたいし。」
「お利口さんだ。」
俺は無邪気な微笑を顔に浮かべていた。
俺のパソコンが攻撃を実行するのはあと一時間半後。
電力を失えばこの建物は檻と化し、信者はまず部屋に閉じ込められる。
無勢に多勢の場合は、敵の数をまず削ぐことだ。




