報告その四 拓海先生は傲慢で行きます
俺は宗教施設の、もとい、老人ホームの食堂に連れていかれた。
そこにはグランドピアノも設置されていて、白いテーブルと椅子が並んで、アットホームな洋食屋さん、という雰囲気の場所だった。
グランドピアノがある奥の方のテーブルには信者の人達が座って必死に何かをお祈りしており、俺は彼らを眺めながら申し訳なさだけがこみ上げていた。
自分が誘拐された事を忘れるぐらいの申し訳なさだ。
俺への気遣いなのか、宗教法人ゴルゴダさんが用意してくれた皿は、バーガーとサラダがカフェみたいにおしゃれに盛ってあるというものだったのである。
祈りの場にはそぐわない事この上ない。
その上、同じメニューを食べてる俺の真横の相席者が、物凄く下品なのである。
正月に「運転手さん」な格好をしてくれた、藤の格好良いイメージがどんどんと消えていくよ……。
「美味しいな。これ。へえ、肉を使わなくともバーガーが成り立つんだ。謎肉って奴だね。謎肉、うひゃひゃ」
「藤さん。真摯に祈りを捧げている人達を横目に飯を食べているだけでも申し訳ないのに、そんなに騒いじゃったら」
藤はほんの少し身を乗り出して、俺の耳に囁いた。
そこが俺の悪い所?
状況を読みなさい?
お前が言うか?
「ああ! 心優しいその振る舞い! やはり晴純さんは千野様がおっしゃられていた通り、次期主幹事様の器で――」
俺は慌てたようにしてバーガーに齧り付いて、咀嚼中だろうが口を開いた。
「あ、マジ旨いっす。藤さん。でも俺は肉こそバリバリ食べたいですね」
「いいねえ、晴君。今度焼肉食べに行かねえ?」
「拓海先生のお金で? 良いですね。散財させちゃいましょうよ!」
「よしよし。で、晴君は拓海先生の顔をまだ見ていないんだよね。病院に呼ばれたのに、まだ行けてないんだよね」
俺は藤に合わせ、頭を上下に激しく振った。
すると藤は、バイクを大破させた頃らしき藤を出して、俺達の真向かいに座る郷田に迫るではないか。
つまり、メチャクチャ不良っぽい眼つきと口調って事だ。
「あんさあ。こいつの顔見ないと、拓海先生メスが持てないの。わかるかなあ。あのストレスたまりまくりのオジサンは、この可愛い生き物でストレス解消をしてんだよ。俺が残って一緒にお祈りすっからさあ、コイツを病院に連れて行ってくれねえ?」
郷田はにっこりと微笑むと、パンと両手を打ち合わせた。
それに連動して、俺達の前に小型モニターがおかれた。
ちっ、WEBカメラ付きのモニターかよ!
そして、モニターは無情にも拓海の顔を画面に写し込んだ。
拓海はまず俺と藤の姿を向こうのモニターで確認しようと目線を動かし、それからほんの少しほっと溜息を吐いたような気がした。
しかし、表情を安堵のものに変えるどころか、傲慢そうな表情を作った。
「これから一時間後に執刀だ。何か用か?」
今の状況でその応答は駄目! と、俺は顔を両手で覆った。
俺の為に二度と頭を下げるなと、俺がかつて拓海にお願いしたとおりに、拓海は俺のこの危機的状況の中で傲慢に振舞いやがったのである。
俺の肩に藤の手が乗った。
「あのオジサン、晴君に言われた台詞が本当に好きみたいでさ。酔うとさ、僕は傲慢でいきま~すとか、後部座席で喚いて煩いんだよ」
「ごめんなさい。俺のせいです」
俺と藤が小声で囁き合ってると、郷田が機嫌の良さそうな声を出した。
「あ、すいません。此方の晴純さんと藤さんが、あなたが晴純さんの顔を手術前に見ないとメスが握れないなんておっしゃいますから。わたくしどもとしては千野様への執刀に関してあなたにはベストコンディションでいて欲しいと思っておりますから」
「では、どうして実物が僕の所にいない! 僕にベストを願うならば、僕の子供を僕の前に連れてきなさい! それ以外の用は僕には不要だ!」
わお! 傲慢先生最高だ!
俺と藤は手を取り合い、拓海の傲慢演技を惚れ惚れと見守った。
しかし、郷田はそこでようやく化けの皮を剥いだのだ。
小馬鹿にしたように笑って見せると、俺の誘拐を企んだその動機を語って見せたのである。
「では、ベストでは無いならば手術をお止め下さい。わたくし達の大事な千野様をそのような状態の方に執刀して頂きありません。また、晴純さんに関しては千野様、主幹事様の意志を継ぐ者として我が団体は受け入れております。こちらへの滞在はご両親さまにも許可を取っております。千野様がお亡くなりになりましたら、その遺産相続等もございますからね」
拓海は郷田の言葉に鼻を鳴らした。
それから見下したようにして郷田に言い放った。
「君は僕に何を言っているのかわかっているのか? 僕のコンディションは最高だ。僕が手術を取りやめる事は無い。また、晴純に関しては僕の手に戻さないというのであれば、君達の団体ぐらい潰して見せる。そうなる前に僕に晴純を戻せと君達の逃げ道を与えてやったのだが、通じていないようで悲しいよ」
「拓海先生カッコイイ」
「だろ? 多分兵頭ちゃんのカンペだと思うけど」
「やめてよ」
俺と藤はコショコショ囁き合っていたが、郷田は拓海よりも年配で、宗教団体が次々看板下ろしているこの時代でも一団体を抱えている男だ。
拓海の挑発に挑発で返してきたのである。




