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報告その三 ブドウ糖が脳に足りないと短気で考え無しな人になる

 俺は目の前にそびえる、三階建ての老人ホームにしか見えない建物が郷田達の本拠地らしいと知って茫然としていた。

 ゴルゴダからどうしてジャシンタステラなのかはわからないが、とにかくその建物の名前はジャシンタステラホームだった。


 邪神タステラ?


 まあ、とにかくそこは老人ホームにしか見えず、広々としたエントランスはガラス扉であり、来訪者に向けて大きく開け放してある。

 だが、閉まったら最後、老人ホームと言うからには扉は強化ガラスな上に受付が操作しなければ絶対に開かない仕様となっているはずだ。


 普通の建物よりも逃亡が困難だ。


「あの。」


「我ら所員も年を取ります。我々は安住の地を用意して、老いた者若き者同じ志を持つ皆でここに平安に過ごしております。けれどもわれらの平安は千野様あってこそ。皆の心は千野様にあります。一緒に祈ってくれませんか?」


「いや、あの、でも、俺は部外者ですし。」


「いえいえ。拓海先生の大事な息子同然の君でしょう?祥鳳大学は二月に理事会で名誉教授などを選出されるんですってね。祥鳳大学の名誉教授の選出は五年に一回でしたっけ?」


 ちくしょう!

 この状況で祈りを拒否した事が周囲に知られれば、拓海の悪評となって拓海が名誉教授になれない可能性となると郷田は言っているのだ。


「もちろん、無理にとは言いません。」


 絶対に俺をあの建物に引き込むつもりの癖に、監禁罪を回避できる物言いを郷田がして見せた事で、俺は敗北を感じながらそれでも抵抗をして見せた。


「運転手の藤さんに連絡しても良いですか?僕を病院に連れていくために路上で待ってくださっているので、あの、僕が来ないって心配されたら困ります。」


 郷田はどうぞと言い、俺はスマートフォンを取り出すと藤にメールをした。

 郷田が見守る中で余計なことなど言えないし、メールをしている画面だって彼は絶対に覗くはずだと俺は確信していた。


「僕は病院に行けないので先に病院に行ってください。」


 これだけの文だが、文末には可愛い梟のスタンプが押されている。

 そして、藤は意外にも早く返信をしてくれた。


「了解しました。」


「大丈夫そうですね。では、私達は参りましょうか?」


「そうですね。」


 すでに郷田の部下が車の横に立っていて、車のドアを開けているという状況だ。

 俺は笑顔を郷田に見せながら車から足を下ろした。

 大丈夫だ。

 俺のスマートフォンと藤のスマートフォンは繋がれた。

 と、言う事は、藤のスマートフォンは勝手に俺のパソコンに同期され、俺が出したメールによってパソコンは俺の手足となって動くはず。


「急ぎましょう。」


「すいません。お腹が空いていて。だって、僕は今日、コーンフレークと卵三個しか食べていないのですよ?」


 郷田は笑い、何か用意させましょうと俺の手を引いた。


 ガツン。


 俺が車から一歩前に出たそこで、俺が今まで乗っていた車が拓海の黒塗りのセダンによって追突されていた。


 藤が今どこ電話を俺に一切して来なかった理由が分かった。

 恐らく俺が外出すれば彼が俺の後ろを追い、自宅に辿り着くまでの警護をしてくれていたのだろう。

 だったら、郷田に車に乗せられる前に行動して欲しかった。

 そうしていたら、藤が拓海の車のヘッドランプを一つ潰すことは無かったであろうに。


 俺が目の前で起きた藤による事故に呆気に取られていると、彼は運転席を降りてくるや、今すぐに警察を呼びますね、とスマートフォンを取り出した。


 しかしここは老人ホームに見えるが、完全に宗教団体の敷地内。


 すぐに藤のスマートフォンは取り上げられ、さらに、車の鍵まで取り上げられて、老人ホーム内に連行される俺と同じ身分と成り下がったのである。

 この時点で警察が来てもおかしくないと思うのだが、私有地内で起きた事は警察があずかり知らなくとも構わないものであり、車の損傷については和解が成立するなら問題とならないと言う事らしい。


 藤は俺ににこっと笑って見せた。


「俺が付いているから大丈夫だよ。」


 俺は目の前の馬鹿者を、大馬鹿者と大声で罵りたかった。


 藤に送ったあのスタンプ、あれは俺がいざという時用に作って置いたプログラムの起動を促す圧縮データであった。

 これが送られるや俺のパソコンは俺の現在位置を確定し、俺がいる場所の情報を収集し、そこに俺のパソコンの根が生やせる場所ならば生やす。

 そして、俺が設定した一定時間、今回は二時間だが、この設定時間を経過しても次のデータが俺から送られなければ、パソコンは勝手に行動を起こすのだ。


 それは俺の現在位置に存在する建物によって違う。


 一般家屋である木造住宅ならば、一か所に電圧を集中させることによって小火を起こさせるが、タワーマンションや病院のように電気がまずありきの建物では、電力供給の強制停止である。

 俺はここが老人ホームだから、電力供給の停止になるだろうな、と考えた。


 監禁された部屋が地下で、エアコンどころか換気扇が止まったら死ぬかなあ、とか、自分何やっちゃったのかなあ、と韜晦していた。


 そんな俺の肩をワクワク顔の藤がつんつんと突いた。


「晴君。ご飯は絶対に食べさせてもらおう。俺も朝から何も食べていないんだよ。だからなのかな。判断力が落ちている。」


「あ、そっかあ。ご飯をちゃんと食べていないからかあ。」


 俺達は顔を合わせて、アハハハハと乾いた笑い声をあげると、郷田の後ろについていくことにした。

 俺のスマートフォンは取り上げられていないのだから、まだ何とかなるかもしれないと思いながら。


 そう、俺のスマホが取り上げられた場合を考えて、俺は藤のスマートフォンを俺のパソコンへの橋渡しにしたのだ。


 俺の梟がスタンプされたスマートフォン以外の信号は無視しろ。


 どうして俺のパソコンにそんな命令しちゃうことになるスタンプなんか、俺は作ってしまったのだろう。

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