暴行されたら証拠を残せ
病院での目的はすんなり叶った。
俺の体、蒲生晴純が「いじめ」に遭っているという客観的な証拠が残ったのだ。
自分で自分の腹にカッターで入れ墨をするにしても、「ちんぽ」などと切り刻む馬鹿はいない。
両手首と両足首に押さえつけられての内出血の痕もあるならば、これを自傷行為と言ってしまえる人間こそ頭を調べてもらうべきだ。
医師は晴純の体の怪我を見るや、ルールに従って警察を呼び出した。
医師に呼ばれて現れたのは女性のスーツ姿の警察官であり、彼女は晴純が受けた怪我に表情を変えずとも怒りを見せていた。
彼女は腹の傷を受けた状況の質問を俺に重ね、俺は出来うる限り脅えた風にして答えようと思ったが、タクシーの中で本物の晴純が自分の口で喋ることができたことを思い出して、晴純を体の中に引っ張り込んで彼に喋らせることにした。
俺が指導しながら、だが。
受けた行為についてすべて語っても、まだ相手の名前を言うな。
報復が怖いと言って口を噤め。
暴力行為を受けていることを今のところは利用するだけにするんだ。
いいか、しばらくは学校に行かずとも済む環境を手に入れろ。
奴らを警察に補導させるのはもう少し後でいい。
どうせ、十四歳、だろ?
お前に必要なのは体を癒す時間だ。
全く、この世界が子供を学ばせようとする姿勢があることは素晴らしいと思うが、子供が学校に行かざるを得ない強制もされているとは何事か。
本来の「学ぶ」という権利が阻害されている学校に行って、体も心も傷つけられるぐらいならば、自宅に籠って勉強していればいいじゃないか。
それに、今のこの体は、戦うには不利すぎる。
いざという時に逃げ切れる体力も無ければ筋力も無い。
もちろん、俺は晴純の為に戦うが、晴純の敵に正々堂々と剣を振るうのではない。
剣を振っての戦いは、名誉ある騎士同士の一騎打ちに限定されるものであり、ゴブリンや雑兵などの蹴散らせばいい敵に関しては、罠や複数攻撃可能な魔法攻撃で充分なのである。
つまり、頭を使って自爆に追い込んでやればいいだけだが、敵に干渉する時点で察知された敵に追い回される可能性も考慮しなければいけない、ということで、体力作りが必須、と言う事だ。
さて、病院には警察から連絡を受けた晴純の母親と学校長が姿を現し、外面の良い女は医師の助言通りに良き母親を装って、マニュアル通りに学校長を責めて晴純の休学を勝ち取った。
学校長は俺の精神が安定するまでの休学を快く受け入れたが、晴純への暴行は学校で起きたものでは無いとそこは認めなかった。
「そうだよね?蒲生君?学校でそんなことが起きたのなら、先生は気が付くよね。」
俺の脳内で晴純の記憶がスパークした。
右腕を思い切り捩じられている記憶の中での晴純の視線は、自分と目が合った担任が目を背けて通り過ぎて行ってしまった姿を捕えていた。
俺は完全に喋られなくなっている晴純を体から押し出し、俺が晴純の為に喋ってやることにした。
いや、演じてやったか?
俺はいかにも過去がフラッシュバックしたかのようにして右腕を抱え込み、ガタガタと体を震わせながら校長から体をひいて見せたのだ。
警察官も医者も俺の様子に学校長を見返し、学校長は自分に向けられた周囲の目によって顔の表情を引き攣らせた。
学校が子供を守るための環境ではなく、捕虜収容所となっているのならば、看守共々更迭してやらねばならないだろう。
これはそのためのまずは布石だ。
首を洗って待っていろ。