報告その二 拉致され中
荒っぽく車に乗せられた俺であるが、俺への荒っぽい行動はそれだけであったようで、俺を車に乗せた男は俺に名刺というものを手渡した。
男は郷田俊造という名前のようだ。
「宗教法人ゴルゴダの丘精神修練研究所?副幹事さんと。で、何ですか、これ。」
「キリストが磔で処刑されたのがゴルゴダの丘です。私達はキリストの苦難を想いながら自らの不幸や困難に打ち勝とうという精神を持って――。」
「いえ。ゴルゴダは知ってます。俺が言いたいのは、俺が何であなたに誘拐されているんですか?その質問です。」
俺は相手の言葉に被せるようにして言い放ち、自分の誘拐者を睨んだ。
繋がりそうな太い眉毛と芋を彷彿とさせるごつっとした面長な顔は、キリスト教でも法皇様とかあんな華やかっぽい西洋風ではなく、隠れキリシタンですかと問いたくなる雰囲気であった。
つまり、新興宗教系のカルトですか?と叫びたくなる相手だ。
あんまり教義とか知りたく無いではないか!
「ですから、ゴルゴダの丘精神修練研究所の主幹事、千野ここ吉様が、現在祥鳳大学医療センターに入院なさっております。千野様は二十歳になられたお歳に神の託宣をお受けになられた方でございまして、我々凡夫にそれは素晴らしい託宣を次々とお与えになる素晴らしい方です。それが!先日病院に検査入院をしてしまったばかりに、あの拓海という医師に巧みに言いくるめられて長年の頭痛を治すための手術をお受けになると申されているのです。」
俺は副幹事の説明に背筋がゾクゾクしてきた。
神の声を聞く人の脳だと?
拓海が開頭したくて堪らなくなる対象そのものじゃないか!
絶対にウキウキで手術準備していやがるぜ。
「で、あの、あなたは手術をして欲しくはない、と?」
「いいえ。千野様が健康を取り戻される事が何よりです。」
俺はほっと息を吐き出したが、それでは俺を誘拐した理由が説明できない。
誘拐した理由は別にあると俺は考えたが、そこで、今自分が思いついた理由だったら俺の命の灯火こそ危険だなと郷田を見返した。
郷田は微笑んで、手術の成功を祈りましょう、と言った。
大当たり、晴純君、だよ。
郷田は、俺の生存確率ナンパーですか?と聞き返したくなる台詞を吐いてくれたのである。
きっと尋ねたら彼は答えるだろう、主幹事様の手術成功確率と同じだよ、と。
たくみ~!
八十パは確率あるんだよね!
いや、五十でも奴はやりそうだ。
あの年末の阿栗への手術は、万策尽きたならやってみようか、ぐらいの確立だったと聞いている。
しかしながら結果として、阿栗少年の目覚めと、それに伴って彼の親友の石井少年の心が救われたと言う事で、政治家の偉い人に持て囃された上にマスコミで取り上げられもしたのである。
うわああ、今の拓海だったら、成功確率五十パ切る手術でも病院側がゴーサインを出しそうじゃないか!
「え、ええと。主幹事様の退院が叶わない場合は?あ、あなた方は、お、俺を、どうされるおつも、もり、もり、なんですか?」
「新たな主幹事様を立てる必要に迫られますね。」
「ですよね。」
俺を生贄に、じゃないだろうな?
そんな事をこの時代にしたら、一瞬で団体様は解散だぞ?
「あなたが後継者だと千野様は申されておりました。」
「はい?」
「数々の不幸を身に受けながらもあなたは助かった。何よりも、あなたは千野様の書かれたレポートを元に素晴らしい論文を書かれたでは無いですか。」
「はい?」
郷田は両手をパシッと合わせ、指と指を交差させているという祈りの時の組手をすると、しらじらしい言葉を吐いた。
「これも神の御心です。先日のかだえ町のいじめ事件には千野様は心をお痛めになられていた。その子供達を救ったのがかの拓海医師なのは納得できませんが、拓海医師を調べる段階であなたと言う少年を知ることができた。これこそ神の御心です。千野様はあなたが弁論大会用に提出されたレポートに辿り着き、千野様はあなた様の論文を読み、後継者だとおっしゃったのです。あら、私の信念をこの子は幼くして受け継いでいるわ、と。」
「え?」
「さらに調べたところ、あなたは千野様の教えを世に訴え広める予定だった。だがしかし、悪魔が放った電磁波に唆された男にあなたは襲われて大怪我をし、その機会が失われてしまった。まことに悲しい事でございます。」
「え?」
俺は何もわかっていない顔を郷田に向けていたが、頭の中は、やばいいい、と大騒ぎの大絶叫中である。
俺は俺を切り裂いた北沢を殺すために、そして、俺への暴行を見て見ない振りどころか煽った元担任を破滅させるつもりだった。
だからこそ、元担任が俺を憎むようにと、あからさますぎるぐらいに華々しい優等生になって見せたのである。
カンニングや論文パクリなどを多用して、だが。
ああ!因果応報とはこれいかに!
俺はほんの二か月くらい前の自分の悪行を反省し、その時にやった事でこんな宗教団体様が興味を惹く様な事を他にもしていないかと回想もした。
そして、二度とこんな悪い事はしないと心に誓ったのだ。
だから許して神様!
「さあ、祈りの丘に到着しました。」
俺はハッとなって車が止まった建物を見返した。
そこは祈りの丘どころか、新築の老人ホームであった。
車は柵で囲まれた広めの敷地内の中庭に入り込んでおり、車が止まったそこは、ガラス張りの広々とした建物のエントランスその真ん前だったのである。




