新年のご挨拶
正月だからと、なぜか着物を着せられた。
正月らしく拓海も俺も昼近くまで眠っていて、そこを拓海のスーパー秘書に叩き起こされて着せ付けられたのである。
着替える前に兵頭が焼いたらしい醤油餅を渡して貰ってもそもそ食べたが、美味しかったけれど、正月なのに騒々しいなって感想だ。
「今日ぐらいゆっくりさせてよ。」
「先生。ご自分で今日は晴純君を親御さんに挨拶に連れて行った後は初詣に繰り出したいと言ってらっしゃいませんでした?」
「あ、それでしたら、僕が一人で親の所に行きますから。先生はお疲れでしょうし、あの。」
拓海は急にしゃきーんとすると、自分で着物を着ることはできたらしく、帯を自分で結び始めた。
すぐに兵頭にその手を振り払われたが。
「その適当結びは止めてください。」
適当なんだ。
俺は二人を笑いながら台所に目線を動かした。
雑煮の出番は無いな。
「晴君、ごめんな?」
「はい?」
拓海は夜中の二時ごろに自宅に戻って来たのだ。
俺は阿栗の様子も知りたかったからと彼を出迎え、何も教えてはくれなかったが変な巨大ぬいぐるみを押し付けられてベッドに追い立てられたと思い出した。
阿栗がどうかなってしまったのだろうか?
「君の作った雑煮、昨日、いや、今日か、勝手に頂いたよ。」
拓海の告白が俺の作った雑煮を食べたというもので、俺は自分の雑煮を食べて貰ったのだとそれだけでなんだか嬉しくなった。
こそばゆいというか。
「あ、あの。初めて作ってみたので、あの。」
拓海は笑顔になって両手で丸を作り、拓海に着せつけている兵頭は片手で俺に対して丸を作って見せた。
有咲の送ってくれたレシピは最高だったみたいだ。
「はい。出来上がりです。藤が待っていますから急ぎましょう。」
俺は仕上がった拓海を見つめ、似合いますよ、と言った。
拓海は濃い紺の着物をお召しになられ、それがとっても渋いのに年寄りどころか若く恰好良く見えるのである。
髪の毛こそ兵頭が整えていたからであろうか。
「君こそ可愛いよ。その着物のその梟さんの柄を見てね、今年は二人で着物にしようって買っちゃったんだ。」
拓海の着物は無地だが、俺の淡いグレーの着物には裾の方に太った鳥が羽ばたいている模様があり、とても幼く可愛い雰囲気でもあるのだ。
俺は反抗期なお年頃ということで、彼を罵倒した方がいいのだろうか。
しかし、拓海が俺の反応も含めてデータを取っている事を思い出し、拓海には笑顔を向けて、ありがとうございます、と返すだけにした。
「君は僕には意地悪だよね。藤にはあんなにすぐに慣れたのに。僕にはいつまでも余所行き顔だよ!」
俺はぎゅっと両目を瞑った。
慣れたって言い方!俺は犬か猫かよ!
「教授が素っ頓狂すぎて混乱されているだけですわよ。いいですか?病院で行う夕方のニューイヤー会には必ず顔を出してください。マスコミも来ます。一般患者にも正月でも心を配る教授、これで次の理事会の教授選にて名誉教授の座を獲得します。終身雇用手に入れますよ!」
着物どころかモーブ色のスーツを着た兵頭は、たぶんどころか絶対に聞いていない拓海にくどくどとスケジュールを説明し始めた。
大変だな、教授って。
終身雇用って何それ?
教授も首になったりするものなの?
「はい。みなさん、出発しますよ。」
玄関からリビングにいる俺達に声をかけてきたのは、俺達が駐車場に来ないと苛立った運転手だ。
俺は待たせて申せ訳なかったと急いで玄関に歩いていき、そこで足をピタリと止めて玄関の藤を上から下まで何度も見てしまった。
「う、運転手さん、だ。」
濃紺のスーツに髪はオールバックにし、両手には白い手袋と言う、ボディーガード風運転手姿の藤が立っていたのである。
彼は俺の驚き顔に吹き出し、俺においでおいでと手招きをした。
「あ、すいません。明けましておめでとうございます。」
「おめでとうございます。お坊ちゃま。で、これを、はい。」
藤は俺に小さなポチ袋を渡した。
俺は感動しながら彼のポチ袋を両手で受け取り、受け取った時にはポチ袋が大入り袋でお年玉用じゃなく、中身が五百円玉だなとわかったが、それでも嬉しかったので頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「え!突っ込みなし?これ大入り袋だよ?って。」
俺は藤を見上げ、この人は拓海に改造された人だったな、と改めて認識した。
そこで藤の冗談に乗った言葉を出そうとして、彼が俺の観察者だったと思い出して俺の口は閉じられた。
藤は単なる運転手どころか、俺を観察して拓海に報告していた人なのだ。




