相談その四 我慢は誰の為なのか
石井連の父は本格的に嘆く事に決めたようで、襖に背を預けた形で座り込み、両手で顔を覆ったままだ。
これでは何も出来ないと、俺は彼に声をかけた。
「おじさん。僕は虐められた人間なので、それで、虐められた人間として翠祥君と蓮君を見て、もしかしたら互いが虐められていることを誰にも言えなくて苦しんでいたのかなって思ったんです。だから、真実を蓮君に聞きたくて。でも今はこの家にいないのならば、彼の荷物を見ても良いですか? 蓮君も翠祥君も親や周りの大人に何も言わないのは、たぶん、言えないからで、言えないから自分を殺すまで追い詰められたのだと思います」
蓮の父親は顔を覆った両手を少々ずらして目元を出し、俺を見上げ、それから再び目元を隠してしまったが、片手だけは外して蓮の部屋に向かってその手を振り上げた。
どうぞ、と言う風に。
俺は蓮の部屋に踏み込んで、警察では無いのに何を探すつもりだと自問し、そこで蓮に会いに行く方が早いのではと自分の行動を訝しんだ。
どうして俺は蓮の机に向かっているのか。
わかっているくせに。
俺は翠祥と同じように親に愛されていた子供の机を見たかっただけだ。
俺は自分の机をそのように仕立て、誰から見ても俺が普通の子だと思わせねばならない。
「普通の子だと? 傲慢だな」
「どうしたの?」
「いえ、独り言です」
全く、俺の口は考えてもいない言葉を吐き出すぐらいに軽くなっている。
さて、机には備え付けの棚があり、そこには当たり前のように教科書や参考書などが置かれ、大き目の資料集の横には同じサイズのファイルブックが並んでいるという机の使い方の見本みたいな様相だった。
普通の中学生の机であり、俺よりも整頓上手だと思わせる蓮の机。
俺の横に藤が立ち、懐かしそうに本棚を覗き込んだ。
「俺はこのあたりにちょっとしたものを隠していたな」
「何を隠すんですか?」
「お年頃の隠したいもの」
藤はお道化た声を出すと、最近買ったばかりに見える参考書を取り出した。
本が無くなったスペースから見えたのは、大学ノートから切り離されたらしき折りたたまれた数枚の紙きれである。
「あ」
「おや」
俺と藤は他の本も取り出して、そのノートの切れ端を引き出した。
そして慌てたようにして折りたたまれた紙切れを開けば、それは俺が何度も見てきた阿栗のいじめを書き綴ったノートから切り離されたそのものだった。
そこには、ページを切り取った人物によるメモだって挟まれていた。
いや、意思表明という謝罪なのか。
「小塚、峰谷、野川、高野、こいつらは許せない。ぼくの身代わりに蓮がずっと我慢するのももう許せない。勝手に持ち出してごめんね」
俺はもしかしたらと適当な教科のノートを引き出して開いたが、そこに書かれている文字は全て俺が見知っていた文字ばかりだった。
「くそ、やられた。俺は阿栗にしてやられたよ!」
「はれくん?」
そうだ。
阿栗が落ちたのは期末試験が終わったその日だ。
いくらいじめが好きな奴らでも、昼飯を求めて真っ直ぐに家に帰ってしまう日じゃないか。
友達がいたからいじめに気が付かなかった。
阿栗と蓮はそういった日に互いを行き来して、そうして、きっと阿栗は蓮の日記を見つけてしまったに違いない。
自分のいじめを庇ってくれただろう親友の、かっての自分以上の辛い現状がつらつら書かれた悲しい日記。
「ああ、ちくしょう! そうだ。あれは蓮の日記だった。蓮の地獄だった。臆病で相手の名前を書かなかったんじゃない。日記でさえ隠さなきゃいけない身の上の蓮の苦しみだったんだ。阿栗はそれでノートを破っていたんだ。蓮だとわかる部分だけ、全部。自分が蓮の苦しみを背負って小塚達を告発するために!」
もう死にたい。
町内をまとめる家の俺が我慢すればあいつらが他の子を傷つけない。
でも、いつまで続くのか。
「ああ、阿栗よ! こいつを読んでのお前の気概はわかるが、他の方法を取りやがれってんだ! けっきょく蓮を追い詰めただけじゃないか!」
「晴君?」
「阿栗は自分のいじめじゃなくて、蓮のいじめを告発したかったんですよ。それが、目測を誤って死にかけることになったっていう、大馬鹿なんだよ! 自分へのいじめを庇ってくれた蓮を自分も助けたかっただけなんだよ」
俺が我慢すれば。
そこで蓮が書いた文字が頭に浮かび、俺は拳を机に叩きつけていた。
「晴君?」
俺は戸口に振り返り、俺の狂乱によって嘆く事を忘れた男を睨みつけた。
いや、彼の息子が書いた息子の苦しみを、彼の顔に投げつけたのだ。
「この節穴が! どうして息子の苦しみを見てやらなかった。息子がどうしてあなたに助けを求めなかったのか、わかっているのか! 俺はわかんないよ! 愛してくれている人にこそ助けを求めない蓮の気持なんざ、親に愛されたことない俺にはわかんないよ! だから、蓮を愛してんなら理解してやれよ! 助けてやれよ! お前は父親なんだろう! 家の為に蓮に地獄を我慢させんなよ!」
「晴君」
俺は藤に体を軽く強請られて、はあ、と息を吐いた。
左側のガーゼがべとべとして気持ち悪くなっているのは、俺が泣いて叫んでいたからだろう。
俺は自分の拳で瞼の涙を乱暴に拭うと、藤に帰る、と言った。
急いで帰って、俺は烏を吊るしてしまわねばならない。




