相談その三 親の想い
藤の運転する車は石井家の真ん前に横付けされ、俺は招かれざる客だろうが絶対に中に入って見せると覚悟を決めて車から降りようと足を車外に降ろした。
ぶるるる。
スマートフォンが振動し、俺は車から降りきった所でそれを耳に当てる。
「はい」
「どこにいるの? 癒しに君を観察しようと室内カメラを操作したら、君がマンションの中にいないからびっくりだよ」
拓海は俺を室内飼いのペットか何かだと思っているのでしょうか。
て、ゆうか、仕事の合間に俺の監禁映像の確認なんかしてないでよ!
「確かめたい事があって、石井蓮の自宅前に来ています」
「……危なくはないのだろうね?」
「それは大丈夫です」
「ほんとうに?」
「大丈夫です。では」
俺はスマートフォンを切ると、藤が俺に自分の肩をトンと当てた。
ちょっとよろめいた俺は藤を恨めしの視線で見上げたが、藤はかまわず俺に囁く。
「ちょっと事務的な返答過ぎて教授が可哀想じゃないか」
「ええ?」
「クリスマスプレゼントなんか、あの人が自分で選んで贈ったの見たことないよ。甥姪にだって、お金送って終わりの人だよ?」
「あ、あ~」
そういえば俺が大怪我した日は十二月二十三日で、今日は十二月の三十日だったと、俺は改めて指を折って数えていた。
「ああ、それで。ピアノが欲しいけどなんか縛りがあって買えないから俺にかこつけているのかとずっと思い込んでいた」
「ひどい!」
藤は笑いながら石井家のインターフォンを押す。
俺達はそういえば石井の家の玄関まで歩いていたようで、目の前には和風建築の玄関として当たり前の引き戸の立派な玄関が俺達を出迎えていた。
「何でしょうか?」
藤が押したインターフォンへが応答したのではなく、直接に家の人が玄関口に現れたのである。目の前の中年男性は蓮とよく似た顔立ちをしており、体つきは大柄で消防士のような肉のつき方をしている。間違いなく彼は、藤が俺に渡してくれた書類の写真に映っていた石井連の父親だ。
「はじめまして。突然申し訳ありません。藤剛と申します」
「藤?これみちさんの?」
「はい、これみちの孫です。祖父の秘書してる方じゃなくて、バイクで大破した馬鹿孫の方です。ハハハ。僕が仕える大将の子が同世代の子と話したいって言うものでしてね」
藤は意外にも如才ない人であった。
いや、自分は足らないと言っているのは単なるポーズで、本当はとても頭の切れる人なのかもしれない。
そうだよ。
俺だって、無害でのろまな人、という仮面を出来る限り被っているじゃないか。
藤の隣に立っていたが今まで注目の無かった俺は、いつも以上に痛々しい姿に見えるような動きをしながら、石井連の父親に頭を下げた。
「わがままを申して申し訳ありません」
彼は俺の顔の左側を覆うガーゼにまず驚いていた。
だが、家の中には俺達闖入者を入れたくはないようで、彼は、すまないが、とまず口にした。
俺は大きく息を吸うと、この家に今日石井蓮がいますようにと思いながら、大きな家で隣接している家が無くて良かった思いながら声を上げた。
今は声を上げられない阿栗の為に。
「ぼくは、阿栗君の友人だった蓮君とお話がしたいんです!」
石井家はしんと静まり返るだけだった。
そして、俺の肩は石井家の主人に掴まれた。
彼は俺に向かって身を乗り出した。
「あいつは、あの阿栗の子と友人だったのか? いじめをしていた方ではなくか? あいつのせいであの子が飛び降りたのでは無いのか?」
連の父親の顔は追い詰められていると言っていいほどで、俺も彼を真っ直ぐに見返しながら、そうです、と返した。
蓮の父親は大きく息を吐き出し、上がってくれと俺達に言った。
彼こそ玄関履きのサンダルを蹴りだすようにして脱いで、さっさと廊下を歩いていくので、俺も藤も慌てたようにして靴を脱いで蓮の父の後ろを追いかけた。
長い廊下の先に階段があり、そこを上がると二階になるが、上がった先も家の外見と同じ和風で、白い壁と襖が並ぶ廊下に出た。
蓮の父親は一番奥の、恐らく外に面した窓があるだろう部屋の襖を開けた。
俺はその部屋に蓮がいるのかと思ったが、そこは蓮の部屋だが蓮の姿はどこにもなかった。
「あの」
「あいつはあそこの家の子が飛び降りたと聞いた日に納屋で首を吊った」
「亡くなった子供はこの町でまだ誰もいないって聞いていますが」
「ああ。梁が腐っていたから、奴はぶら下る前に落ちて足を折っただけだ」
「それでは、今は病院ですか?」
「いや。何も喋らなくなったから、女房の実家に女房と一緒に返した。あいつの遺書に自分のせいだって書いてあったもんだから、俺は怪我をしているあいつを殴って、問い詰めたけど喋らないから、また殴って、それで、あいつを庇った女房ごと、出て行けと言って追い出したんだ」
蓮の父親は、はあと大きく息を吸い、戸口に座り込んだ。
「だってそうだろう。自殺するぐらいな酷い事をしてしまったんだ。自殺する前にした事ぐらいの後始末はしなきゃだろう。俺はそう思って、それで、ああ、息子は苦しんでいただけなのか」
蓮の父親は嘆き始めたが、俺は彼に全く同情心が湧かなかった。
それは、お前が嘆くのは息子の絶望を思ってなのか、あるいは、見誤った自分自身の身の上を思ってなのかと、問い詰めたい気持ちの方が勝っていたからだ。
2024/6/19
読みづらい文章を少し修正しました




