相談その二 相談できないその理由
翌日は朝の五時には拓海が出勤していった。
その後の手術については祈るしか俺にはできないが、昼過ぎに俺の様子を見に来た藤によると、手術は無事に終わったとのことだ。
「拓海先生はどこをどうするかを決めている人だから、神業ってぐらいに手術時間が短い人らしいね。五時間が早いのか遅いのか一般人で脳みそが足りない俺には解りませんけどね。」
「藤さん、たら。」
彼は俺の為の食料の包みをいくつか台所のカウンターに置き、食料ではない包みに関しては俺に直接手渡した。
「遅くなったけど、五人の報告書。」
「ありがとうございます。」
俺は早速と言う風にカウンター席に座って書類束を封筒から取り出し、藤はそんな俺に笑い声を立てた後に台所のコンロの方へと向かった。
「チャイでも飲もうか。インド旅行してから俺はこれが大好きでね。」
「僕は飲んだことないから楽しみです。」
「よしよし。」
コンロで何かを調理している音は、なんだか気持を落ち着かせるものだ。
自分の為に誰かが台所に立ってくれているから、なのだろうか。
スパイスの香りが台所に漂い、嗅ぎなれない香りが自分の鼻腔を刺激した。
すると、阿栗の部屋で嗅いだ墨汁の臭いが思い出された。
彼の部屋のあのピアノも、彼が自分で壊したのだろうか。
親に気が付いて欲しいから?
でも、本当に、どうして彼は親にいじめを告白することが出来なかったのであろうか?
あんなにも愛されて大事にされている彼であるのに。
「大丈夫?」
「大丈夫です。」
藤はマグカップに彼が作ったチャイを入れたちょうどだったらしく、俺用のマグカップを捧げ持ったそこで首を軽く傾げた。
「あの?」
「いや、表情の作り方が似ているなって。拓海先生もそうだから。でもしょうがないよね。先生は助けられなかった患者さん達の分も背負っている。君は子供なのに酷い目に遭った上に見なくてもよい死を目撃させられたんだものね。はい。」
「……ありがとうございます。」
藤からマグカップを受け取ったが、俺にはそれしか藤に返せなかった。
拓海が抱えた死は拓海のせいではないから、患者たちの死を背負っているらしき拓海は立派と言えようが、俺の抱えている死は自分の殺人の結果の死でしかないのである。
その上、後悔しているかと聞かれても、俺は全く後悔などしていないのだ。
もし俺が連れ込まれたのが体育館のステージ下収納庫でなく、家庭科室ならばどうなっていただろか?
連れ込まれたのが理科室ならば?
それからグラウンドの体育用具入れだったとしたら?
俺はそのどれでも殺人に使えそうな道具と状況を思い描いてシュミレーションしていたのである。
俺がそこまで思いつめたのは、両親の助けが望めなかったからか?
俺はそんな事を考えながら書類束の書類を確認していたからか、いじめをした小塚以下五人の誰もが家族と笑う写真があるとぼんやりと考えた。
また、五人は兄弟のように似たような体格をしており、その体格は俺を虐めていた曽根を彷彿とさせたが、曽根よりも体を鍛えているので少々だらけた柔道部員、という印象である。
「こんな体でプロレス技をかけられたら辛いな。いじめをする人間には、相手が苦しむさまこそ娯楽でしかないのかな。」
「いじめを知った人間の誰もが可哀想だとか、ひどいって思うのにね。どうして加害者はそんな風に思わないのだろうね。」
「そうですね。酷いって口で言いながらも、誰も助けようってしてくれない。自分のその身に掛かると思って、思って?」
俺は書類束を見直した。
五人のいじめ。
五人による阿栗へのいじめ?
五人の中の誰かが虐められていて、その虐められている人と阿栗が仲良しで、いじめられているのを知っているのに助けられなくて、今度は自分の身にいじめが掛かってしまった、としたら?
いや、その逆になっていたとしたら?
自分を助けたばかりに虐めの標的となり、自分は怖くて何もできない。
俺は立ち上がると、自分の部屋へと出来る限り早足で歩き、今はスリープ画面になっていたパソコンのキーを打った。
いじめがあることを知っていた藤。
五人の中で、藤が最初に俺を連れて行った家はどこか?
俺は石井蓮のスマートフォンのログを再び漁り始めた。
一年前の二年生の時のログだ。
「どうしたの?晴くん?」
「藤さんは知っていて黙っていたのですね!阿栗と石井が友人だったって。どうしてそんな一番大事な情報を黙っていたのですか!いじめは三年からだって言うから、俺は二年生の時のログなんか見てもいませんでしたよ!」
「え、大事?で、二人は友人だったの?」
「え、知っていて最初が石井の家では無かったのですか?」
「道順として一番に案内するとスムーズだっただけだよ?」
俺は藤を見返した。
彼は本気で不思議だね、と言う顔をしていた。
「もう!いえ。これからドライブに連れて行ってくれませんか?」
「どこに?」
「石井くんち、です。」
俺は五人を吊るそうとしているのだ。
吊るすのは烏だ。
無実の鳩など吊るしてしまったら大変じゃないか。
俺はスマートフォンだけ取り上げて、拓海が買っておいてくれたブランド品らしいメッセンジャーバック、ハンカチとティシュにクレジットカード入りの財布!(いつのまに!)が入っているものを担ぐと、杖を掴んだ。
「急いで行きます!」
藤はアハハと気安く笑い声をあげ、俺に敬礼して見せた。
「どこまでも。」




