表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/176

怪我をしたらどこに行く?

 アンリは俺の世界の世界観をすんなりと理解した。

 疑問も葛藤も無く、すんなりなので、これこそ小説の主人公スキルというものなのだろうか。


「フフ。警察に犯罪行為ね。よしよし。で、金と。どこの世界も同じだな。金で世界を買えて、暴力を抑えるための管理者がいる。」


「あなたはこの世界のルールに従って報復をすると言いましたが、そ、そんなのは無理ですよ。」


「それはさ、やってみないとわかんないだろ?まずはお出掛けだ。」


 アンリは汚れたシャツを脱ぎ捨てると、俺のクローゼットから適当な服を引き出すとそれを羽織り、部屋を出て行こうとした。


「ど、どこに行くの!」


 アンリは俺に振り返り、俺の顔で俺が今まで作ったことの無い表情をして見せた。

 悪辣、というのだろうか。

 ただし、そんな表情の彼が口にした言葉は、意外にも常識的だった。


「病院に行くんだよ。」


「やめて!」


 俺は叫んでいた。

 すでに俺の身体じゃ無いにしても、俺の体にそんな傷跡があるのは誰にも見せたくはない。

 ああ、見せたか。

 公園で見世物にされ、小学生達に俺は笑われ、気持ち悪がられたのだ。


「そ、そんな傷跡を人に見せるの?」


 臆病な俺に向けたアンリの表情は優しく、けれども言葉は辛らつだった。


「俺は臆病じゃないからな。生き恥も散々に晒して来たさ。」


 彼は部屋を出ていき、俺は彼に叫んでいた。


「保険証とお金!」


 どこにあるのか知らないが。

 俺の小遣いは洗いざらい曽根達に奪われている。

 両親は弟の遠征やサッカークラブで金が無いと言い、俺には月々の小遣いなど無い。

 だから正月のお年玉を大事に溜めていたのに、それを彼らに奪われた。

 いや、差し出したのか。

 殴られるよりはって。


「いくぞ。金は用意した。」


「え?」


 俺は驚いて急いでアンリの方へと向かうと、アンリは台所にいて、母が支払いに使う現金を片付けてある棚の引き出しを開けていた。


「そんな!どろぼう!」


「緊急事態だ。親は子供のためにならさ、身銭をいくらでもきるもんだろ?」


「ふふ。弟の為にはね。でも、俺の為には一銭も使わないよ。俺は嫌われているから。どうしてかわからないけど、俺は母さんに嫌われているんだ。」


 アンリは俺の告白に慰めの言葉など吐かなかった。

 ただ、ふうんと言っただけで、棚から三万円ほど盗み出した。


「じゃあ、行くぞ。」


 そうしてアンリは宣言通りに救急に向かった。

 アンリの凄い所は、道路に飛び出てタクシーを止め、そこで運転席の窓から顔を出した運転手に対して、シャツを捲って自分の腹を見せたのだ。

 それから、助けて、と運転手に泣いて叫んだ。


 運転手は車の前に飛び出した中学生を叱りつけるどころか、車のドアを開けてアンリを乗り込ませ、その後は黙って車を発進させてしまったのである。

 アンリの隣に座った俺の目に映ったものは、苦虫を噛みしめた顔をしながら運転する運転手の顔と、彼の顔写真が貼り付けてある名札だった。


 藤堂典明?

 なんて読むのかな?

 普通に読んでいいのかな?


 俺を虐める曽根達は、絶対に読めない名前ばかりだ。

 曽根そね文豪なつめ林田はやしだ遊星ゆうせい今泉いまいずみ春獅子はるおん、そして、北沢きたざわ道琉うぇいる


 曽根は幼稚園から一緒で、なぜか幼稚園の時から目の敵にされ、あの頃は普通に俺にも友達はいたが、俺と遊ぶと彼に殴られるからと小学四年の頃に友人達はみんないなくなった。


 曽根が俺を虐めるからとクラスを別々にしていたのに、四年の時に「みんな仲良く」が合言葉の校長が転任してきて同じクラスにされ、そこから俺の本格的な地獄が始まったのだった。


 林田と今泉は曽根の腰ぎんちゃくであり、暴力を振るって騒げれば楽しいって奴らだ。

 それから北沢。

 あいつは中学からだ。


「大丈夫か?病院は救急をやっている東病院に行くよ。」


 運転手の藤堂の言葉に俺はハッとして運転席を見返し、その時に初めて気が付いた。


 メーターが全然動いていない。


 驚くだけの俺を尻目に、数分後に藤堂が運転する車は東病院の駐車場にその車体を滑り込ませた。


「動けるか?」


 藤堂はそっけなくアンリに声をかけるとアンリの返事を待つどころか車から降り、後部座席のドアを開けて透明な俺を通り抜けてアンリを抱えた。

 俺は人に通り抜けられる感触にぞくっと脅えながら後ろに下がり、俺は自分が捨てたばかりの自分の体にめり込むことになった。


「ご、ごめんなさ。」


「いいから。俺の肩に腕を回せ。」


「あ、ありがとうございます。」


 先程の言葉もこの言葉も俺のもので、俺の体が声を出していた。

 俺が半分自分の体にめり込んでいるからだろうか。


「いいよ。気をしっかり持つんだ。くだらない奴らに負けるんじゃない。」


「あ、ありがとうございます。」


 学校でも家でも俺は誰にも助けてもらえなかったのに、俺は初めて大人に助けて貰えた。

 だけど、感激よりも虚しさの方が強かった。

 助けてが初めて叶ったのは、中身が俺ではなく勇者様であるからなのだろうか、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ