連絡その四 決断
今日は拓海の自宅には戻らないと、俺は車に乗ってすぐに拓海に伝えた。
「駅前にあった漫画喫茶に泊まります。保証人になって下さい。」
拓海は目を細めて俺を数秒見つめると、運転手である藤に指示を出した。
「もう!僕との行動は車なんだからさ、今度からパソコンも持ち歩こうか。車をホテルに向けてくれ。いや、その前に電気屋に寄ってくれ。」
そこで俺は、いらない、と拓海に言った。
だから車はホテルでいいですよ、とも。
「いらないの?」
「セットアップで時間をかけたくありません。出る前に言ったでしょう?違う方向から攻めて吊るすと。仕込みはすでにしてあります。すでにゴーサインも出していますので、現在状況は勝手に動いています。」
「仕込みって。え、いつの間に!」
「拓海先生のマンションで確定しちゃって攻めて良いって事になったので。小塚達をまず孤立できればいいな、ぐらいのものですが。」
「どんなことを?」
俺は拓海ににんまりと笑って見せた。
今回の仕掛けは、有咲を虐めていたミッチ達のグループに俺が仕返しした時の結果を踏まえて作ったものだ。
まず、いじめを目撃する人にも、虐められていなくともストレスがかなりあると言う事は大前提となる。
だって、自分が次に標的になるかと脅えているから止める事も出来ないという、犯罪の目撃者と同じどころか、共犯者になった気持ちになるんだよ?
まともな人はね、多分。
そして、次は自分と脅えていた人は、まさに自分が標的とわかれば今まで抱えていたストレス分、大騒ぎをしてしまうようなのだ。
ミッチ達は有咲だけでなく、クラスの目立つ女の子達に対しては常に悪口などを言い合っていた。
そこで俺はミッチ達の悪口メールを悪口を言われる当人に誤爆させたのだが、受け取った人がミッチ達の嫌がらせを次に自分が受けると騒ぎ立てた。
虐められると脅えた相談メールは彼女達の友人達に次々送り送られ、送られたメールに俺が手を加えたものも飛び交った。
結果として、ミッチ達って最低じゃない?という結論に有咲のクラスの女子は至ったようである。
今やミッチ達はクラス女子から排斥され、有咲の机にゴミを置いたり落書きなどする前に、馬鹿にされ追い払われるという環境となったのだ。
ミッチ達のメールのやり取りを見れば。
そして当の有咲は逆にクラスの女子から声をかけて貰えるようになったらしく、俺に対して、晴君はあげまんだねえ、と言った。
「あげまんは女の人に使う言葉じゃない?」
「え、なんで?マンは人間を現わすMANでしょ。あたしは晴君のお世話係に復帰した途端に運気が変わったんだから!だから晴君はアゲマン。あたしもっとお世話を頑張るね!」
まあ、恋愛感情とか互いに無いから、いいのか?
ああ、話が横道にそれた。
つまり、俺は阿栗の在籍していたクラス、その男子達にSTFが大好きな小塚君と峰谷君のやり取りメールをばら撒いたのだ。
「ねえ、次はだれにしよっかね?」
「命令聞かなかったやつにしね?」
俺が作ったメールだけどね。
その後は無造作に三人ずつに同じ内容の命令メールを送り、三人の誰かがそれを達成できると次の一人をそこにプラスして新たな命令をと繰り返すプログラムを自分のパソコンに作って置いた。
誰が一抜け出来て誰が残ったままなのかは、宛名を見れば一目瞭然だ。
数々のクエストを達成できなかった最後に残った三人は、今は物凄く脅えているのではないかな、と俺は思う。
「えげつない!」
「よくやった、じゃないのですか?」
拓海は眉間に指を当ててほんの数秒考え込むと、藤に行き先を告げた。
車は町の楽器屋に向かい、拓海は俺を車から降ろすと、杖をつく俺を引き摺るようにしてその店内へと連れ込んだ。
それから、神様みたいな顔をして、俺に欲しいものを選べと傲慢そうに言い放ったのである。
「音楽は心の糧となるものだからね!」
「だったらボカロで。」
拓海は俺を眇め見ると、俺への嫌がらせのようにして勝手に店内をのしのし歩いて行き、巻いて片付けられるシート状のキーボードを購入した。
それと楽譜と。
購入したものをプレゼントだと言い張り、ラッピング迄してもらう物凄い嫌がらせの仕方である。
彼は抱えたリボン付きの箱を俺に差し出した。
「僕の大好きな曲を君が奏でられたら嬉しいな。」
「だったらバイオリンでしょう?俺もビバルディのストームはいいなと思いますけど、ピアノ?って感じがしますよ?」
「あ、じゃあ、バイオリンにしようか?習いに行く?」
店主は一番安価でも十万はするバイオリンと聞いて目を輝かし、俺は急いで拓海の腕の中のいらないプレゼントを奪い取った。
「わあ!プレゼント嬉しい!僕ピアノ頑張りますう!」
拓海は嬉しそうに笑い、両手が塞がって杖がつけない俺の為にもう一度箱を自分が受け取り直し、俺の背中に手を添えた。
「じゃあ、基地に戻ろう。僕は君の為に仔犬のワルツを弾こう。」
その後、病院前のホテルのバルコニーから俺達は病院を見下ろし、病院に消防車や救急車、そしてパトカーが乗りつけるのを見守った。
最後に残った三人に与えたクエストは、病院の非常ベルボタンを押せ、だ。
「一石二鳥を狙ったな、君は。動かせない息子に危機が迫ったらどうするのか?阿栗夫妻に考えさせた。悪戯の主犯が小塚だと知れば尚更だね。」
「俺は曽根が同じ病院に入院していると知った時、それはもう怖かったですよ?あいつが自分に襲い掛かって来たらどうしようって。それが眠っている時だったらって。」
「そうだね。眠っている時に襲われたら怖いね。」
俺達は部屋に戻り、拓海は幼少時からピアノをやっていたと言い、俺のロールピアノで色々と曲を奏でた。
彼はピアノを弾くのは凄く好きなのだと眺めながら思い、どうして自宅にピアノが無いのか、自分の為に買おうとしないのかと不思議に思った丁度その時、拓海教授のスマートフォンが振動した。
掛けてきたのは祥鳳大学医療センターの事務長で、阿栗夫妻から正式に拓海教授への執刀依頼が来たというものだった。
「わお!晴君はやっぱりあげまんだ!」
俺はその部分はお前に語っていないよ、と、ホテルの枕を拓海に投げつけた。




