報告その四 身動きできない土地なのです
俺は一昔前の小説に出てきそうな屋敷を呆気にとられたようにして見つめていると、運転席の藤が業務的な声を出した。
「では、次に行きます。」
「え、家族は!どんな人たちなのかそれを俺は探りに来たんだよ!」
「ここは祖父の選挙区です。後ほど五名の家族情報については俺から資料をお渡しします。」
「そうだね。次に行ってくれ、藤君。」
「かしこまりました。」
車はその後は四件の家々を回り、俺が阿栗の虐めをしていた主犯だと名指しした五人の残り、小塚瑛司、峰谷蓮音、野川舜、高野和泉の家を俺に見せつけた。
石井以外は分家という家らしいが、彼らの家は石井ほどの家でないにしろ、どれも広々とした敷地に立つ大きな家であった。
しかし、藤が言うには、彼らは全員が外に出られない家の子達だという事だ。
「家から出られないってどういうことですか?」
「土地があれば土地を守らねばなりません。また、その土地で代々の役回りがある家など尚更です。」
「役回り?」
「お祭りは業者がするものではないのですよ。消防団は誰が取りまとめるのです?ゴミ出し一つだって、町が町として機能するには住んでいる人達が協力し合わなければいけません。子供が少なくなってきたならば、尚更。一抜けなんか許されなくなっていくのですよ。」
「じゃ、じゃあ。東京の学校に行って、東京で就職するってのも?駄目、ですか?」
「東京の大学に行ったら戻って来なくなるは良く言われます。だからこそ、勉強はできない方がいいと考える親もいますね。なまじっか勉強が出来て外に出ると、子供は外で就職が出来ます。外に出して伴侶を見つけてもらう必要もありますが、戻ってこなくなったら元も子もない。」
「そんな。」
「祖父がこの土地で当選し続けるのは、外に出て行ったはず子が親父の会社に就職して戻って来る、これが最大の理由かもしれませんね。」
車は最後に最寄り駅という少々開けた場所に辿り着いた。
田舎の駅の前には低層のアパートやハイツも立ち並ぶが、これは東京に本社がある会社の借上げによる社員住宅だったりする。
ここに住むのは独身者の若いものばかりだ。
では、家族を持ちながら転勤をしてきた人々はどこに住まうか?
駅前には東京みたいに大きなマンションは何棟もないどころか、ビジネスホテルの対を成すようにして大きな八階建てのマンションが一棟だけ建っていた。
阿栗が飛び降りた彼の自宅マンションだ。
大きな家に住んでいても住んでみたいと思いそうな、ホテルみたいな外見の高級マンションだった。
転勤が多い阿栗家は、この地に家を建てずにマンションを借りているのだ。
自分達はここの住人にはならない、自分達はこんな高い所にいる、そう言っていると地元民が思い込んでしまいそうなマンションに。
「どうでしょう。いじめが起きたこの町の背景がわかりましたでしょうか?」
俺は拓海がどうして藤に喋りたいだけ喋らせていたのか、藤が自分に尋ねた時には理解していた。
「あなた方はいじめの全貌は掴んでいたのですね。彼らの動機も、どうして阿栗が選ばれてしまった、のかも。でも、土地と言う柵から追及も糾弾も出来なくなっていただけですね。」
「僕達が掴んでいたのは、いじめがあったのは確実というところだけ。土地の柵は確かにそうだ。ただね、阿栗君のクラスメイトに関しては全員分の情報はあるが、誰が主犯なのかどんないじめなのか、それはわからなかった。それこそ君が僕達にもたらしたものだ。それから重ねて言うが、僕は君が最初に言った直感を信じているし、阿栗君の真実は追求したいと思っている。」
「僕が声に出した直感。それは彼が自分で飛び降りたのでは無くて、マンションから突き落とされた可能性、ですね。」
「そうだ。人を殺す行為は僕は許せない。」
それは俺への当てつけだろうか。
俺は自分の腹を切り裂いた北沢について、恐怖を捨てきれなかった。
自分の腹にある醜い傷を見るたびに、自分への仕打ちを恨み憎んだ。
だから拓海の手術後の俺は、自分を華々しく宣伝した。
俺へのいじめの責任で担任を外された元担任は、俺が周囲に褒められれば褒められるほど俺への増悪を募らせると踏んでいたが、目論見通り、元担任は俺に北沢を引き合わせようと動いてくれた。
そこで俺は、正当防衛に見せかけて北沢を殺したのである。




