報告その二 仮定で進めていいですか?
「すごいな。警察も見つけられなかったイモを掘れたんだ?で、その阿栗君に関係するか分からないイモって何だい?」
俺はパソコンの向きを変え、パソコン画面が拓海に見えるように動かした。
画面上に映っているのは単なるSNSのやり取り画面だが、阿栗の同級生の小塚瑛司と峰谷蓮音のものである。
「凄いな、君は。彼が阿栗君への行為者だとの証拠を見つけたのか。」
「いえ。証拠にはできません。御覧の通りに、小塚が峰谷にSTFは凄いだろって自慢して、峰谷があいつは大泣きしちゃったね、と返しているだけです。STFは片足を捩じって背中に足を押し付けるように固定して、そのうえで首を絞める関節技です。俺も曽根にされて大泣きした事があります。だから、された人間はかなり辛い拷問だと断言します。ですが、阿栗の日記にこのSNSの同日に体中が痛い辛いとの記述がありますが、その痛みが何によってもたらされたかの記述が一つもありません。よって、阿栗がこの技を小塚に掛けられたとは言い切れないんです。」
「いやいや。言い切ろう。」
「ああ。もうそう確定して違う方向で攻めた方がいいのか。」
拓海は俺に変な顔をむけた。
珍しく、え?と驚いている顔だ。
「何でしょう?」
「いや。別の方向で攻める方法があるならそれで!で、僕が言いたいのはね、人間の体は記録媒体そのものだって事だよ。」
今度は俺こそ変な顔を巧みに向けていただろう。
「え?」
拓海は自分が優位に立てたぞと言う顔を俺にして見せると、大学や病院で学生や研修医に指導する時の教授の風にして語りだした。
「死体は饒舌だって司法解剖の先生が書く通りにね、人間の体は饒舌だよ。」
「あ、そうか。STFされたからできたという傷を探せばいいのか!」
「答え早っ!もう!でね、阿栗君には君ほどの痕が体に残る傷はないけどね、医者には日常的に体に加えられた傷は読み取れますよ。肩関節は最低二度ぐらいは脱臼しかけただろう、なんて簡単にね。だから、僕は研修医たちに阿栗君の体に残った傷を余さず調べて報告しろと命令しました。」
「それって、傷が多すぎてどれがどれだが今度は言えなくなりませんか?」
拓海はしまったと言う風に口元に手を当てた。
俺はそんな彼を笑いながら、無理矢理確定させます、と言った。
「小塚たちが虐めているのが阿栗では無いにしろ、無意味に他人にプロレス技を日常的に駆けている人達です。虐められている人がいるとして、小塚達以下五名を吊るそうと思います。」
「そうか。だがそれでは阿栗の両親は。」
阿栗は今のところ意識不明だが命に別状はない。
拓海は阿栗に開頭手術を施して、通常だったら活動していない脳の不活性帯を活動させるバイパスを作ってしまいたいのである。
それで阿栗の意識が戻るのかは俺には解らないし、拓海はそれにかこつけて自論の手術をやっちゃいたいだけなのかもしれないけれど。
さて、俺の脳に関していえば、拓海の自論で施す手術の結果のようにして、脳障害を負った時に脳が生きる手段として非活動帯に勝手にバイパスを作っていたのである。
なので、拓海が俺に施した手術は、阿栗とは逆に本来の活動帯にバイパスを作るものだった。
俺への手術は、通常の人の脳の活動状態で非活動帯にバイパス手術で活性化させてしまっても大丈夫か、という逆検証にもなるものだったのだ。
どちらも人体実験に近い手術だが、俺に関しては本来の活動帯が活動できなくさせる血栓が俺の命を奪うとの名目で実行できた。
だが、阿栗は?
拓海の手術を受ければ術中術後に死に至る、あるいは、障害をその身に受ける事になるかもしれない可能性があるのである。
当り前だが、阿栗の親達は子供が生き続ける事を選んだ。
つまり積極的な治療行為は行わない。
拓海はだからこそ阿栗へのいじめを表ざたにして、両親達に阿栗を目覚めさせる気概を呼び起こそうとしているのである。
「阿栗君が消えたからこの子が今度は虐められましたね?あるいは、自分の口で彼らを弾劾させてみませんか、と言う風に両親を攻めるのはどうですか?実際に阿栗君が目覚めていじめの主犯が別人でしたら、俺が責任を持って掘り起こしますから。」
拓海は表情を明るく、というか、手術前の顔をして見せた。
これから楽しい事が待っているという、手術される患者側にすると拓海を信じていいのか疑った方がいいのか悩むぐらいのワクワク顔だ。
「よし!それでいこう!僕はいくらでも君をバックアップしよう。」
「では、小塚達の家を確認したいです。家族構成はどうなのか、実際の彼らの風貌はどうなのか、親はどこに勤めているのか、そこは探らねばなりません。烏を駆除する時は巣ごと、ですからね。」
俺の中にアンリがいた時にアンリが俺に指示した事だ。
敵の情報を知れ。
敵の情報を手にする事は、それだけで相手の優位に立てる。
拓海は俺ににやっと笑うと、ドライブに行こう、と言った。
「家と本人の確認はしましょう。それ以外は別の者に任せましょう。君は大怪我だ。そんな姿でふらふらと歩かせて、君と言う大事な我が子を危険には晒せない。たとえ怪我も無く、左足の麻痺が嘘だったとしてもね。」
俺は拓海に無邪気な顔を向けた。
左足が麻痺した様に常に痛むのは事実である。
いまやぎこちないが歩ける程度に足が動いても、拓海の手術の後でしばらくは動かなかったのも事実であるのだ。




