報告その一 いじめの認定ができません
「さあ、僕のフクロウよ、烏を蹴散らしてくれ」
この話の直ぐ続きとなります。
マンションから飛び降りた少年の名前は、阿栗翠祥。
俺と同じ十四歳だが、学年は一つ上の中学三年生となる。
阿栗が残したノートから読み取れるいじめの内容は、彼自身が受けた事を思い出したくも無いからか、どのページのどの日付に関しても具体的なものはない。
せっかく虐め認定を受けるための大切な証拠となる日記であるのに、彼は辛くて死にたい、今日も痛い目に遭わされた、学校に行くのが辛い、その繰り返しの記述しかないのである。
俺は阿栗のスマートフォンから彼のクラスの人間からのログを確認しているが、これといって虐めの主犯と言えるメッセージを送って来た者は皆無だ。
そこで取り寄せてもらった生徒名簿をもとに、俺は阿栗のスマートフォンとやり取りをした十一人を特定しながら彼らのスマートフォンのログを漁るという仕事を二日ほどしている。
「お疲れ様。僕んちに来てもらって良かったね。君は夢中になると我を忘れるから。病院だったら余計な詮索を看護師に受けていた所だ。はい、お茶。」
俺の担当医で俺の養父になったばかりの男が、俺のベッドの脇に設置してあるサイドテーブルにサンドウィッチとペットボトルのお茶の乗った盆を置いた。
俺は彼のマンションの一階に入っているコンビニから買って来ただけのものを見下ろし、ありがとうと思うよりもがっかりの方が強かった。
「病院でしたら温かな朝食でした。大怪我な俺はあなたという鬼に労働をさせられているのに!唯一の楽しみのご飯が悲しい!」
「君は言うようになったよね。自宅にあったベッドは弟よりもいいものじゃなかったから嫌って言うから、最高のものにしてあげたし、机だって、君が欲しいのものを君に選ばせて買ってあげたと言うのに!文句ばっかり!僕は君のいいお父さんになろうとしているだけなのに。」
お父さん、と言う所で俺は寒々しく感じた。
俺が実の両親とは暮らしていけないのは変えることが出来なく、彼が俺を引き取って居候させてくれることには感謝するべきだが、俺の開頭手術をした先生である彼は、俺の経過観察がしたいのが目的でしかないからだ。
あと、俺に異常があれば、また開頭手術したいな、そんな思惑もある。
ついでに、いくらいいベッドでも、元の持ち主は亡くなった患者さんだ。
俺の背筋が寒くなるのも仕方が無いだろう。
「ベッドについてさらっと誤魔化しましたが、このベッド、お亡くなりになった退院予定の患者様のものですよね?いいお父さんは、息子に死んだ人のベッドをあげたりしない!」
「家族が退院に際して病院を通して発注しただけの未使用品だよ。いい値段のいいベッドだし、今の君にはいいでしょう?」
俺は三日前に元担任に暴行を受けており、左目は眼底骨折しているという大怪我を負っているのである。
そんな人間にパソコンで調べ物を強要している俺の担当医は鬼だし、死んだ人が利用する予定のベッドを渡してくるあたりデリカシーもないが、リクライニングできるベッドを俺に与えたかったのは、鬼なりの優しさでしかないらしい。
確かにベッドに潜ってベッドに寄りかかりながらパソコンを操作するのは楽だが、だったら病院に入院したままでも良かったじゃないか!
脳外科医の拓海亮先生の、少し清潔感のないボサついた長めの髪や、頼りなさそうに見えるよれっとした服装が、激務な大学教授だからではなく社会不適合者だったからだと俺はどうして思い至らなかっただろう。
出会った最初から常識のない人だったではないか!
「取ろうか、出前。温かいのが良いならすぐにでも。」
俺は溜息を吐いた。
俺の守り手になりたいと彼が俺に言ってくれた通り、彼は俺を実際に大事にして甘やかそうとはしてくれるのだ。
これは実の親には望めなかった行為でもある。
拓海は親よりもずっと金持ちだから、俺の我儘に付き合おうといくらでもできるのであろうが。
それに、彼が俺を助けたいと思っていることは真実であり、俺のように同級生に苛め抜かれて、終には自宅マンションから飛び降りてしまった少年を助けたいのも彼の真実なのである。
「すいません。拓海先生に当たっていました。この阿栗君については、掘って掘って掘った先でも、何も出て来なくて。掘った先で見つけたイモが、この阿栗君に関係するものなのかも断言できませんし。」
拓海は嬉しそうに、ワオ!と声を上げた。




