彼氏の兄に再会
桜井真帆は物凄くウキウキしていた。
彼女は付き合って長い彼氏がいるが、その彼の兄は彼女が住む町ではかなりの有名人であるのだ。
神童、とも呼ぶ人がいる。
過去の大怪我で障害を負い、そのせいでいじめにもあったが、彼のその不屈の精神を大学教授が見初めて、いじめなどから守るために引き取って育てているという、それぐらい普通の子と違う人なのだ。
かくいう真帆は、実はその兄、蒲生晴純と面識がある。
中学一年の時、近所に住む男の子に纏わりつかれて辟易していた頃だが、その男の子が晴純を虐めていた張本人でもあったが、そんないじめを受けていたのに晴純が真帆を助けてくれたという凄い経験だ。
しかしながら、彼氏である弟の方、蒲生蒼星は、真帆が彼の兄の晴純について一言でも言うと途端に不機嫌になる。
同じ兄弟でも片方が優れすぎていると片方がいじけるってよくあることだと真帆は考えており、学校では文武両道で凄い蒼星を自分こそ凄いと思っていると、いつか蒼星に言ってやろうとも考えている。
友人には今言わないで何時言うのだ、と怒られるが、蒼星は高慢ちきな所もあるので、こうして真帆に認められないとうじうじしている所が消えたら嫌だなと真帆は思っているのである。
「参考書ぐらい、別に晴純に頼まなくとも。」
「でも、全国一番でしょう。ええと、英語が!ら、来年は私達は高校生なんだし、あやかりたいじゃない!」
「満点とりゃ、誰だって一位だよ。」
蒼星は真帆に対して不機嫌そうに鼻を鳴らし、俺達はどうせ持ちあがり高校生になるだろうが、とも呟いた。
「すごいよね。県内一の高校だっけ。わざわざ朝早くに起きて電車で通学しているのかな。」
「あいつなんか教授宅から駅近いし、江里須町まですぐじゃん。俺達だって電車で学校に通ってるだろ。俺なんか引っ越してから駅が遠いし、そんな苦労して朝練とかも行ってんだよ?」
「もう!蒼星ったら。そんなに嫌だったら私の頼みを断っても良かったのに。」
「それで二日は無視されるのか?いいよ。俺だってあの兄に久しぶりに会いたかったし。大体なんだよ、あの教授。凄い変態だぞ。」
有名な教授が変態?
真帆は小首を傾げながら、以前に真帆が晴純に助けて貰った本屋に向かった。
蒼星と二人で参考書の棚に向かうと、黒い詰襟を着た男の子がすでにその場所に立っていた。
参考書の棚から顔を背けており、その方角は漫画の棚だと真帆は気が付き、真帆はとても親近感が湧いた。
蒼星よりもかなり痩せているので頬骨が目立つが、そのせいで彫りの深い二重の目元が目立っている。
真帆の晴純への第一印象は、晴純の横顔が整っていることと、彼が杖をついている立ち姿ということで、浮世離れしていると感じるものであった。
そこで晴純が漫画の棚をずっと見つめていることで、彼が漫画好きそうだと考えて彼に人間味を感じたのであろう。
「晴、悪いな。」
蒼星が声をかけると、晴純は真帆達に顔を向けた。
晴純は物凄く不機嫌そうな顔をしており、彼女はそこで助けを求めるようにして自分の彼である蒼星を見上げれば、蒼星も同じ顔をしていたので、二人は仲が悪かったのかとようやく気が付いた。
「悪いな。お忙しい所に愚弟の頼みを聞いてもらっちゃって。」
「別にいいよ。それよりも。」
そこで晴純は、はあああ、と大きく溜息を吐いた。
真帆は自分の頼みのせいでと申し訳なくなり、自然と頭は下へと下がった。
「おーい。アリサ!漫画は後で買ってやるから、とりあえずこっち来てって!」
晴純が漫画の棚に向かって大声を上げたのだ。
アリサ?
真帆は慌てて顔を上げると、漫画を何冊か胸に抱いた美人女子高生が晴純の隣に立っていた。
晴純は百七十ある蒼星よりも十センチ低く、目の前の女子高生は蒼星と同じぐらいの身長で、モデルみたいに綺麗だった。
「あ、アリサ。蒼星は知っているよね。此方が蒼星の彼女さんで、桜井真帆さん。で、桜井さん、こっちが。」
「晴純さんの彼女さんですか!」
晴純は目を丸くして固まり、その代わりに隣りの美少女が甲高い声で、そうです!と大声をあげた。
「彼女さんの江藤有咲さんです!」
「ば、馬鹿!彼女言うの聞かれたら、あの馬鹿教授がお前をモニターするぞ。蒼星もこの間ストーカー監禁被害に遭ったばかりなんだからな。」
「普通にもう受けているから大丈夫だよ。で、あたしは晴くんの彼女だよね。」
晴純は疲れたように、はあああ、と溜息を吐き、そうですと有咲から顔を背けて答えていた。
真帆は蒼星を見上げ、蒼星は真帆に囁いた。
「外で晴をみても声をかけるなよ。仲間と見做されて拓海教授の治験体にされてしまうからな。いいバイトはどうってねしつこいぞ。それでバイトを受けたら、用意された変な部屋に一週間は閉じ込められて、盗撮盗聴のモニターされて、脳波やら色々調べられまくるんだよ。」
「あああ。仲が悪かったわけじゃなかったのか。」
「昔は悪かった、というか、俺が蒼星を妬んでいたね。彼が俺に良くしてくれるたびにね、俺が勝手に僻んでいたな。こいつは優しいでしょ。」
晴純の言葉に真帆は晴純を見返し、彼女も先ほどの有咲のようにして、そうですと嬉しさいっぱいの声を上げていた。
「ばか。」
蒼星に肩で突かれて真帆はぐらつき、そこで真帆は肩で蒼星を突き返した。
「仲いいね。あたしもやっていい?」
「俺がコケてもいいなら。」
二人の掛け合いに真帆はワハハと笑い声をあげ、すると有咲と言う少女は漫画本を晴純に押し付けると、物凄く嬉しそうに真帆に対して手を差し出して来た。
「今日は会えて良かった~。参考書だったら何でも聞いて。あたしが晴君を育てたんだよ。」
有咲の手を握った真帆に対し、蒼星がぼそっと有咲の素性を語った。
「兄は英語だけ。この人も英語で全国一な上、全科目の合計で県内一位の人。」
「ふええ。」
「でさ、アリサさんにはありがたいけど、なんで晴は自分の参考書のおすすめを教えてくれないの?」
「いや、だって、参考書なんかどれも一緒でしょう。一冊を全部読みこんで覚えればいいだけの話じゃないの。俺は有咲が選んだ本を読んでるだけだから。」
蒼星と真帆が有咲を同時に見返すと、彼女は偉そうに胸を張った。
「何でも聞いて!あたしは晴君のために最高の一冊を選んでるから、参考書の比較については詳しく説明できるよ!今は大学についてもリサーチ中!」
「あと、晴の洋服もアリサさんの見立てだっけ?」
蒼星の茶化しに対し、アリサは大きく首を上下させた。
「そう。晴君が面倒だと思うことは、あたしが全部受け持ってあげているんだ!」
真帆は帰り道には蒼星に、蒼星はすごく格好良くって頼りがいがあると自分が蒼星の事を思っていると伝えようと思った。
アリサほどの献身を自分には蒼星に差し上げられないのだから、せめて、だ。
お読み下さりありがとうございます。
実際に虐めに遭って辛い思いをされている方は多いと思いますが、いじめではなく犯罪として捉え、決していじめられる自分が悪いとは思わないでください。
命と自分自身を一番に大事にして頂けたらと思います。




