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元勇者の決意

アンリ・ヘイムルダムに名前を変更しました。(2021/12/11)

アンリとしか晴純は彼の事を呼ばず、元は農奴のアンリが、農奴であった自分と決別するためにヘイムルダムというその国の地獄という言葉とアンリという名前を混ぜたというのでアンリヘイムでしたが、だったらアンリと呼ばれたら意味が無いと言う事で、苗字の無かったアンリが苗字をつける時にヘイムルダムにした、に変えました。

読んでくださった方、すいません。

 俺は御免なさいとしか言わない子供に苛立ちが募ってた。

 俺が自己紹介代わりに自分が死ぬまでの出来事をかいつまんで聞かせたからか、少年は小声で悲鳴を上げた後、俺に必死に謝るばかりとなったのである。


 俺があなたを不幸にしました。

 俺があなたの人生を台無しにしました。


 彼の言い分が意味が分からないと大声を上げそうになったその時、俺が奪った体の持ち主、蒲生がもう晴純はれすみは机の上を指さした。


「あ、あそこにある、ノート。俺があなたが不幸になるように書いた。おれが、俺のせいで栄光のアンリ・ヘイムルダムが本当に死んでしまっていたなんて!」


 うわあ、俺の書がこんな異国にもあるというのか。

 俺は立ち上がると机に向かい、晴純が指さしたノートを取り上げて適当なページを捲った。


 アンリ・ヘイムルダムが左下の奥歯を失った話。


 あああ、思い出したくない失態の記憶が蘇った。

 有名人だったばっかりに、こんなものまで文書にされてしまうとは!

 さて、その題が書かれたページがすぐに開いたのは、そのページに人間の歯の破片らしきものが不思議な透明なリボン?せろはん?なんだそれ?で止められていたからだろう。

 俺はそのページを読みだした。

 異国の字がなぜ簡単に読めるのかは、俺が奪った晴純の体の脳みそが俺の為に活動しているからであろう。

 また、書き込まれた物語を読み進めるごとに、俺の脳内で晴純が受けた拷問の記憶が映像となって発現しているのだから、内容を理解できる以上に理解できていたかもしれない。


「ご、ごめんなさい」


「俺が騙されて牢に入れられた時の話だな。お前は俺の苦しみを自分の苦しみを思いながら書いていたのか」


「ご、ごめ」


「謝るな。俺はこの時生き残った。俺はあの時死んだと思ったが、なぜか俺だったら生き残れると意味のない自信が急に湧き出てきたんだよ。そこで冷静になって、俺は生還出来た」


 俺は俺を不幸に貶めたと嘆く子供が、俺が不幸から生還するはずだと思って信じていたのだと言う事もノートを読みながら気が付いたのだ。


「お前は俺を信じているんだよな」


 俺は晴純が書いた文を呼んでも、彼が思うように彼に嫌悪する感情など起きなかった。

 俺を不幸に貶める文章を書いていた子供が、実は誰よりも俺の存在を信じていたという答でしか無いじゃないか、と。


 俺はあの日逃げ延びた先で、偶然にも治療師に出会え、そして、腐って抜け落ちかけた奥歯が元通りに歯茎に納まったのである。


 俺は舌で左奥歯を探った。

 分かっていたが、奥歯が一本足りなかった。

 晴純は自分が受けた苦しみを元に俺に苦しみを与えたらしいが、彼は全く俺の体に傷一つつけてはいないではないか。


 いつもここぞという場所で、幸運の妖精に出会って俺が毎回助かっていたのは、この晴純のこの文章が俺の世界とリンクしていたからでは無いのか?


 俺はもう一度ノートに目を落とし、ノートの隅に日付と実際に起きた事が書かれていたと読み返し、悲しい彼の決意に涙腺が壊れそうになった。


「アンリ・ヘイムルダムだったら、こんなことでへこたれやしない」


「――それでこれにはお前が怪我をさせられた日も書いてあるな。あとでやられた事は紙に書き写してまとめておこう。誰がどんなことをしたのかもな」


「ど、どうして?」


「敵の習性、行動パターンを読むためだよ。相手がお前にする拷問行為は、自分だったら耐えられないと思う行為なんだ。し返してやる時には、間違いなく相手が一番ダメージを喰らう方法を取らねば意味が無い。そうだろ?」


「ど、どうして?」


「どうしてって、これから俺達が反撃するからだろ?」


 俺は当たり前だろうと晴純に笑い返したが、晴純は泣きそうになって縮こまるだけだった。


「お前こそどうした?」


「だって、あなたが僕を嫌うどころか、僕を助けようとするから!」


 俺は半透明で触れる事も出来ない幽霊、晴純の頭を撫でる風にして手を差し出した。

 自分の子供が成長していれば、もしかしたらこのぐらいかもと思い返しながら。


「俺は大人で俺の人生は俺だけのものだからな。お前の影響なんかあってたまるか。それからな、お前。本当は僕って言っていたんだな。それでいいよ。お前は弱いままでいい」


 幽霊はポロポロと涙を流し、その涙は床に落ちるごとにキラキラと光った。

 不思議なのが、その光が瞬くたびに、俺の下腹部からチクチクとした痛みを感じるのである。


「なんだ?」


 俺はそこでようやく晴純の体を見直したのだと気が付き、どうして一番最初にそれをしなかったのかと歯噛みをした。

 彼が今日俺自身を殺す物語を書き終わり、自殺を図った理由がそこにあったのだ。


 白いシャツは灰色に近いくらいに薄汚れて破れてもいたが、それよりも下腹部に向けて赤く染まっていることが問題だった。

 俺はシャツを捲り上げた。

 入れ墨の真似事なのか、臍のすぐ下の肌が切り刻まれていた。


    ちんぽ

     ↓


 ぎゅっと目を瞑ると晴純の記憶が蘇った。

 裸にされた彼は狼藉ものに四角い小さな板を翳されながらその姿を嗤われ、泣きながら彼らが命令する通りに小さな女の子の前で腰を振って踊らされていた。


「これをしたのが、ああ、曽根って奴か。こいつはしっかり屠ってやろうな」


「アンリ、さん」


「まずこの国の仕組みを教えてくれ。お前を助けないこの国のルールを奴らが使っているならな、この国のルールに沿って奴らを潰すぞ」

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