君は僕が生み出したモンスター
俺は罪には問われなかった。
子供だったからではない。
大人でも罪には問われなかったであろう。
俺のポケットの中の携帯の録音音声が、普通に俺が襲われただけだと証明してくれたし、谷繁に殴られた片目は眼底骨折している大怪我だった。
普通に正当防衛ぐらい成立する状況だったのだ。
正当防衛が成立しなくとも、罪に問うには、俺は実際は何もしてなさすぎた。
殺されると脅えて、コードリールを北沢と自分の間に差し出しただけ、なのだ。
しかし、世間的には俺によって死人が出たとの認識だ。
町内では、俺を悲劇のヒーローどころか、関わったら一家離散か死を招く死神と噂されていると、見舞いに来た有咲が俺を揶揄ったと思い出す。
死神の家族と世間に指さされ始めた家族には、特に世間体を気にしていた母には、その環境は針のむしろであっただろう。
いい気味と一瞬思ったが、彼らはそういえば俺は二の次な人達だった。
よって、世間の目が怖くなった家族は、入院中の俺の見舞いに来るどころか、俺に知らせずに家を売って、頭金には俺への慰謝料を使い、蒼星が学校に通える場所に家を買い直して住み替えていたのである。
三人家族として再出発?いいね!
家族の転居の話をしてくれたのは、たった今俺の病室に現われた拓海である。
出張前なのか大きなカバンをもって部屋に入った彼は、その鞄を適当に部屋の壁の隅に置いている。
そして、今やだらしなくパイプ椅子に座っている彼は、俺のカルテではないが角二サイズの書類封筒を胸に抱えながら俺の家族の話をぶちまけてフフフと笑っているのである。
俺が傷つくかも、とか考えていないわけですか?
「ええと、入院中に一家離散した曽根と同じ身の上なんですね?俺は。」
「僕が君を責任をもって引き取るからそこは心配しなくていいよって、ご両親に僕が引越しをお勧めしたんだよ!」
「お前が黒幕かよ!」
俺はどうやら退院後は、この悪魔教授の家に居候することになるらしい。
「君の日常生活を観察できるのは僕にこそ有益だからね!」
……。
あなたに人道的とか人間の情とか、少しは期待した俺が馬鹿でしたよ。
「あなたをそこまで惹きつける俺は、魔性の男ですね!」
拓海は大げさに笑うと、持っていた書類封筒を俺に投げた。
封筒は、俺の掛布団の上、つまり、俺の膝の上辺りに落ち、空手になった拓海はその両手で何かを捧げ持つポーズを取ってみせた。
「何ですか?」
「赤ん坊を抱えた時の手だよ。医者が子供を取り上げた時、こうやって赤ん坊を支え持つんだ。お母さん、生まれましたよって。」
「あなたは産科医じゃないでしょう。」
「ああ。でも、死んだ子を蘇生させたことはある。頭に大怪我をして運ばれた子供を僕が蘇生させたんだ。君は僕の手で息を吹き返したんだよ?」
俺は久しぶりに拓海にも人間味があったと知って気持が軽くなり、そこで言ってはいけない言葉を彼に発してしまっていた。
俺は言葉を簡単に操れるようになってから、時々考え無しになるのだ。
「ああ、あなたこそ僕のフランケンシュタイン様でしたか。」
「そう。僕はフランケンシュタイン。生き返らせた死体に名前を与えず、神を冒涜した自らの行為に対する恐怖から、自らが生み出したモンスターを世に捨ててしまった罪深き男だ。」
俺は自分の計画殺人の事を拓海が知っていると彼が言っているのだと気が付き、彼に追及される覚悟を決めた。
いじめは、子供のやることだから、と犯罪行為をなあなあにするための言葉だ。
だから俺は、子供である年齢であるうちに復讐を計画していたのである。
しかし拓海は俺を弾劾するどころか、口元を笑みに歪めさせ、両手で口元を押さえてふふふと笑うと、名前が分かった、と自慢そうに俺に言って来たのである。
「え?何の話ですか?」
口元から手を下ろした拓海は、嬉しそうに俺の方へとパイプ椅子から身を乗り出してきた。
「以前に聞いたでしょう。君のヘルパーは誰だって。君を引き取るにあたって、僕が自ら出向いて、君の部屋の荷物を僕自ら梱包したんだ。そこで見つけた!君のヘルパーの名前を!ああ、学生が君の大事な君である痕跡の証拠を壊してしまったら元もこうも無いと、僕一人で頑張った甲斐があったというものだよ。」
「へ?俺の部屋に、勝手に?もう全部俺の荷物は運び出した?」
「あ、ああ!安心して、僕の家に君の部屋を作って君の荷物は全部余さずいれてある。君の部屋と全く同じ配置にしたから何も心配いらないよ。」
俺はありがとうと返すよりも、変態、と教授に言い返していた。
「え、僕の親切と気遣いを!」
「いや、だって。新しい場所だったら、一から自分の部屋作りしたいじゃないですか。そんな、実家とまるきり同じ部屋って、嫌です。俺のベッドは蒼星のよりも安物だし、勉強机も小学校から同じです。服だって、実は蒼星からのおさがりが多いんですよ。俺は百六十あるかないかで、あいつはすでに百六十五は超えていますもの。」
拓海は口元を押さえて、あ~と声を上げたが、すぐにニヤリと笑みを作った。
そして、独り言をつぶやいた。
「欲しがるものの傾向から今までの持ち物への不満のストレスが計れるな。」
聞こえていないと思っているが、丸聞こえだ。
モルモットにこそ、ちゃんと配慮してあげようよ?
子供を蘇生させたとか何とか言っているが、全部、お前の研究の一環か!
「よお~し!先生が買ってあげよう。実の親だと思って、僕にこれから甘えようね。僕は君を生み出したフランケンシュタイン先生なのだから!」
「数秒前の独り言が丸聞こえでしたので台無しです。甘えたらなんか返礼をしないといけない気になりますので、御厄介にはなりますが、俺の精神衛生的にあなたとは線引きをさせてください。」
「君は可愛くないなあ。それはあの晴純君じゃないからかな。」
俺は出来る限り無邪気に見える笑顔を作ってみせた。
谷繁に殴られて腫れているので、左半分の顔はガーゼに覆われているという、満身創痍の顔であろうが。




