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異世界の伝説の勇者が転移して俺になった、らしいので、俺の現状を打破して無双してくださるそうです  作者: 蔵前
決の章 俺達は梟のプライドを持ち、烏に襲われたって羽を休めない
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働き者の無能

 谷繁は俺の頭を床に叩きつけようとした。

 俺は咄嗟に右手を頭の下に置き、拓海の大事な俺の頭は直撃を免れた。


「このクソガキが!お前は本当にしぶとい。お前が俺の思うように動いていれば、俺がここまで動かなくても良かったんだ。俺は正規の教師の職を得るまで三年かかった。あの北沢が休職するまで、俺は教師になれなかったんだ。そのようやくだったのに、お前のせいで次年度が俺には無くなった!」


 三学期はまだ学校にいるのかよ!

 俺はそっちの方が衝撃だった。

 だから考え無しに叫び返していたのだろう。


「生徒に暴力を振るって、同僚を騙す人間なんかそれでいいだろうさ!」


 がん。


「ぎゃあ!!」


 久々に顔を殴られ、俺の目の前には星が散った。

 毎日殴られていた時よりも痛みは強く、それは曽根達よりも谷繁の方が大人の力だからか、とか、あの頃の俺は痛みに慣れていて鈍感だったのだろうか、とか、今は逃げねばならないのに脳みそは勝手に分析していた。

 これこそ脳の逃避行なのか?


「お前、わかってんのか?大学で教員過程を取るとな、学生でも遊べねえんだよ。それでも俺は頑張ったの。お前らクズを導いてやるために頑張ってたんだよ。それを全部台無しにされた俺の気持ちがわかるか!」


「台無しにしたのは自分でしょうよ!どうして俺にはいい教師でいようとしなかったんだ!」


「あの八方美人校長が、北沢の息子を普通学級に受け入れる決定をしたからだよ!俺は北沢を一目見て理解した。あれは普通にひねくれたガキだ。ハーフなのに可愛くも無いからって注目なんかされない外見で拗らせたガキだ。目立ちたがりのエキセントリックなガキなだけだって、俺はわかったんだ。それを万人の目にわかり易く提示させてみたってだけなんだよ」


「あんたのせいで俺は一年の時から地獄だった。そんなくだらないお前の恣意行動で俺は毎日が地獄にされたのか!」


「それは俺のせいじゃない。校長や他の教師が、北沢君は暴力などは振るわないって、認めようとはしなかったからだよ。認めたら北沢を受けいれた自分の責任問題になるものな」


「そ、そこまで分かっていたなら、あんたが率先して俺を助ければ良かったんだ。そうすりゃ俺はあんたを英雄視して、弁護士にいじめを相談する時にはあんたこそ助けてくれたって言ってやれたのにさ!」


 俺は呉崎弁護士が谷繁に何をしたか知っている。

 彼女は、谷繁から仕事も未来の家庭も奪いましょう、そう微笑んで見せたのだ。

 あんな男を子供に一生関わらせてはいけないって。


「残念だったね。俺はいじめの主犯としてあんたの名前こそ弁護士に伝えたよ。うちの弁護士からの裁判呼び出しにはちゃんと出向いたか?いじめを増長させた事による責任で十万円。少額裁判は一日で結審だ。欠席したら負けるぞ?ああ、そうか。婚約者を何とか宥めての両家家族での食事会、その日を裁判日に指定されたんだっけ?」


「お前のせいか!」


 谷繁は俺を叩こうと手を振り下ろし、俺は咄嗟に避けた。

 その代わり彼の手はパイプ椅子に掠り、指先がぽきりと鳴った。


「うああ!!」


 俺はその隙に体を動かしたが、立ち上がるまではいかなかった。

 左足は踏ん張れず、俺は床に完全に転ぶよりはとコードリールに抱きついた。


「蒲生!」


 再び殴りかかって来て、俺はコードリールから手を放し、すとんと床に落ちた。

 谷繁の手は重いコードリールの金属のドラム部分を直撃し、周囲にはズウンという重い音が響いた。


「うあ!!」


「北沢君のお父さんはよく見ていたよ。初対面の子供の障害も理解して、克服の仕方をアドバイスできるぐらい、凄い人だった。お前とは違うよ!」


 俺の襟元は谷繁に掴まれ、谷繁は俺を憎々しく睨みつけた。


「あいつは何も見えていない奴だよ!俺こそ全てをよく見ている。ガキどもなんか、ちょっと道筋を作ってやれば、共食いをするザリガニみたいに虐めを始めてしまったじゃないか!」


 俺は谷繁を睨み見返した。

 そして目の前の男をどうしようもない無能、と判断した。


 道筋を作った?

 いじめなど最初からあったじゃないか、と。


 それを自分が引き起こしたと思っていた?

 どうして?

 北沢を曽根達に投入させたから、自分こそ俺へのいじめを作り上げた立役者だと自負している?


 確かにいじめが悪化したのは谷繁のせいだが、それは谷繁が目の前で俺のいじめを目撃しても何のアクションも起こさなかったからだ。

 お前が虐めを主導したわけではない。


 大体、生徒を主導できるほどの指導力がお前には無いじゃないか!


 しかし谷崎は自分こそ生徒の真の姿を見通せ、素晴らしき指導能力の持ち主だと考えているらしく、さらに俺に自分の優秀性を語ろうと口を開けた。


 けれど、彼は何も言い出さず、その代わりにその口からは赤黒いものがドバっと零れた。


 彼の喉から銀色に光る刃の先が突き出ている。


 俺は俺こそ自意識過剰の間抜けだったと、驚いた表情のまま固まって終わった谷繁の死に顔を見つめながら思った。

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