俺は誰よりも優れていたはずだった
俺はスマートフォンの画面を見つめていた。
動画状態にしてある画面は鏡のように俺を映し、俺の真後ろに迫って来た男の姿もそこに捉えた。
男は無言で俺に何かを押し当てようとして、俺はそれに対して身を捩じって避けたのだが、俺は戦いに対して認識が甘すぎた。
逃げ出すためのルートの確保。
危険に対処する時に武器となる道具。
この一か月、校内を探索してそれらの情報を手に入れ、あるいは武器に関しては設置してきたが、一番大事な身体については蔑ろだったと悔やんだ。
いや、俺のせいでは無い。
学校の教員が生徒にスタンガンなんか当てるか?
そんな事は想定外だろう?
「うぎゃあ、ひぃ。」
俺は谷繁の攻撃の痛みによって叫び息を飲んだが、辛うじてその電撃によって体の自由や意識を失う事は無かった。
「助け――。」
動ける間に叫んで一歩でも谷繁から逃げ出そうとしたが、谷繁は容赦なく俺にスタンガンをもう一度当ててきた。
「ぎゃあ!」
体は強張り、俺は崩れ落ちた。
俺の手から落ちたスマートフォンを拾い上げ、自分のポケットに片付けた。
谷繁はそれから俺の体を持ち上げて、誰から見ても俺を介助するような姿にしか見えないように抱きかかえると、悠々と廊下を歩き始めたのである。
何処に行く?
何処に連れていかれる?
「全く、お前のせいで計画は崩れっぱなしだよ。」
谷繁はぼやくと俺を担ぎ直した。
谷繁の計画って何だ?
「大人しく北沢にやられていればいいのに。お前こそ俺を馬鹿にしやがって。」
明日は終業式で、子供達は部活も無く下校をさせられたからか、校内のどこにも子供の姿どころか教員の姿も無い。
谷繁こそ冬休み前の教職員会議があるのでは?
谷繁の不在を訝しんだ教師が、絶対に谷繁を探しに来てくれるはず!
しかし俺を抱える谷繁は誰にも呼び止められる事は無く、ずんずんと無人の校内を歩き続け、俺は終には体育館に連れ込まれた。
殆ど暗闇の誰もいない体育館。
俺はホッとした。
谷繁の車に乗せられたら、その時点で俺はアウトだろう。
「お前が明日立つ予定の華々しい舞台の下で、お前は今度こそ北沢にやられるんだ。物凄い皮肉だろう?」
谷繁は俺をステージ下の物置へと連れ込むようだ。
折り畳みのパイプ椅子がスペースの半分を使って詰め込まれていて、残りの半分は放送部が使うコードリール二台と壇上に設置する為の教壇が普段は片付けられているほかは、劇など催しがある時の物品を片付けられるように空けてある。
今は教壇が明日の終業式様に壇上に設置してあるから、俺を嬲るスペースは大いにあるなあ、と俺は情けなく思いながら谷繁に引きずられていた。
「ど、どうして、お、おれを?俺ばかり、を?」
「ひと目でわかったよ。お前が家族の厄介者だって事は!正義を貫くには犠牲が必要だろ?俺だって家族に愛されている子供を選びたくは無いよ。」
「せ、正義?」
「正義さ。どうしようもない狂ったガキを無害な子羊の群れに投げ込む事に決めた校長たち。そんな子供を生み出しておいて、さも、聖人の顔をしているあの男、あの北沢のしでかした結果を俺は万人に教えてやろうというんだ。」
俺はどさりと床に落とされて転がされた。
落された時は、俺の頭はギリギリでパイプ椅子にぶつかりそうな位で、右手は適当に置かれたコードリールにぶつかった。
右手の痛みを庇うように体は横向きとなり、痛みによって体は縮み胎児姿勢を取ったが、それでも俺は顔を谷繁に向けた。
敵から目を離してはいけない。
拳が使えないならば、言葉と言う刃を使え。
「俺に何かしたら、大学病院の先生があなたを潰すよ?」
ああ、この程度かよ!
当たり前だが、谷繁は俺の言葉に何の感慨も抱かなかった。
小馬鹿にして鼻で嗤っただけだ。
「俺が何かをするわけではない。お前に何かするのは北沢だ。」
「ここに北沢はいない。俺のスマホにはあんたが映っている!俺が死んだらあんたのせいだ!全部あんたがやった事だってみんなが分かる!」
「スマホ?そんなものはお前は持っていないだろ?それに安心しなよ。お前はやられるが死にはしないよ。だって、やられるだけ、って何度も言っただろ?あの北沢はお前に突っ込みたくてたまらないだけの変態なんだよ。それを親父である北沢は頭が固いからさ、受け入れられない。で、息子には精神障害があるって言い張っている。本当に、人の本質を見る事が出来ない馬鹿な男だよ。」
「それはあなたこそ、じゃないの?この二股男!市村先生は可哀想だね!」
谷繁は俺に対してしゃがみ込むと、俺の喉元を潰す勢いで右手で掴んで来た。
ぐぐっと喉が潰されるぐらいの重みを受け、俺はぐふっと息を吐いた。
「だまれ!市村は、あのデブスが、俺と付き合っている気になっている時点でおかしいんだよ。それに北沢!北沢の親父はさ、俺の人生設計をまず潰しやがったんだ。未来ある青年に駄目出ししやがったんだ。」
呼吸をする事が出来なくなり、俺の頭の中は真っ赤に染まった。
しかし俺を締めあげる谷繁の俺をねめつける両目こそ血走っており、飲み会帰りでふらふらしている人達のような悪臭も体から立ち昇っていた。
「俺は素晴らしい教師になれる男だった。俺には子供達を導くためのヴィジョンだってあった。それをあいつは知っている癖に、俺には適性が無いなんて言いやがった。そのせいで俺はその年に教師になれなかった。あいつは教育委員会で重鎮だがなんだか知らないが、どこの学校も俺を落としやがったんだよ。」
谷繁は俺の首を掴んで持ち上げて、俺の頭を床に叩きつけた。




