僕達は生き延びよう、いつか烏を蹴散らせるその日まで
俺は有咲の話を聞いて、ミッチ達こそ猫を逃がして有咲に逆切れしただけのような気がした。
そしてそれを簡単に有咲が受け入れたのは、いじめを受けた身として想像するに、一対五人でワイワイ言われ続けたことで、有咲は自分こそ悪いと思考が止まってしまったのだろう。
いいや、有咲の中の仔猫を心配する心が生んだ罪悪感が、有咲の思考を縛り責め立てもしたのだろう。
「だ、だから、探した!毎日、毎晩探して、そんで、曽根の家の裏の用水路に、ちぃちゃんの死骸が浮いているのを見つけた!だ、だから、あたしは晴君がMRIを受ける事を従姉に聞いた日に、それを曽根に教えたんだ。晴君が先生たちに特別視されていると聞いたから言ってやったんだ。晴君は大学の先生に悪い所を見つけて貰ったら、誰よりも凄い子になるって。猫殺しのお前なんか、足元にも行けない人間になるんだって!」
俺は有咲の背中を叩きながら、大きく溜息を吐いた。
有咲は俺のため息にびくりと背中を震わせた。
「ご、ごめんなさい。晴君はあたしのせいで殺されるところだった。」
「君こそ殴られたりするところだったんじゃないの?俺は君が無事で良かったって、安堵のため息が出ちゃったよ。」
また有咲はびくりと震え、もしかして俺の手が嫌らしく感じているのかと思い、俺は彼女から手を引いた。
それが正解だったのか、彼女はむっくりと身を起こした。
眉間に皺を寄せた顔で彼女は俺をじっと見つめ、俺は彼女の体に触っていた事を謝ろうと口を開いた。
「晴くんって、ほんとうに優しいんだね。」
「いや、普通にさ、ええと、簡単に人を殴る男の家に行ったと聞けば、絶対に誰だって心配になったりするよ?」
有咲は殆ど泣き顔の顔を再びクシャっと歪ませたが、半泣きの半笑い、という表情で俺をほっとさせた。
「あたしは晴君と同じ学校に行きたかった。」
「そうしたら、君は今よりも大変だよ?俺は磁石のようにいじめっこを引き寄せる生まれながらのいじめられっ子らしいから。」
「晴君はかわいい顔しているからやっかみだよ。それに幼稚園の時の晴君への虐めっ子は曽根だけだったよ。他の男の子達は、曽根が休みの日は晴君に遊ぼうって声をかけてくるんだよ。」
「そうなの?覚えていないや。」
「そうだよ。あたしらを簡単に捨てて晴君は男の子達の輪に入って行ったの。人数足りないからおいでって言われたって、嬉しそうに。レンジャーを呼ぶ町の人の役でしかないのにさ、嬉しそうにしてさ。」
「でも、女の子のままごとでは、俺は猫か赤ちゃんの役じゃなかった?」
有咲は俺にちゃんと覚えていたじゃないかと、笑い、それからぽつりと呟いた。
「あたしは晴君がいたときだけみんなの仲間に入れて貰えるんだ。」
「仕方が無いよ。俺達は種が違う。」
有咲は俺をまじまじと見返した。
人間は動物と同じ。
動物の行動を当てはめてみろ、アンリならそう言うだろうし、実際にアンリこそ捕食される動物の行動をいじめに当て嵌めて俺に説明したのだ。
「種?」
「うん。あいつらは特別じゃないどこにでもいる種なんだよ。俺や有咲とは違う。有咲が勇敢な鷹ならさ、あいつらは烏だ。」
「鷹は嬉しくないな。」
「じゃあトンビ。」
ミミズグミが俺に飛んで来た。
「ははは、でね、烏ってね、鷹とか鷲とか、あるいはトンビの巣立ったばかりの若鳥を見つけると、集団で襲って殺してしまうんだって。知っていた?どうしてかって言うと、そうしないと鷹や鷲が成長しきった暁には、自分達こそ追い払われてしまうから。烏は小賢しいけれどそれだけだ。成長しきった鷹や鷲には、烏が集団でも敵わなくなるんだよ。」
有咲はフフッと笑った。
そして、いいね、と言った。
「あたしらは鷹か鷲か……トンビか。」
「俺はフクロウが良いけどね。」
「あ、ぬけがけ。可愛い方とらないでよ。」
俺達は声を上げて笑い合い、けれども、彼女は笑いながら大きくしゃくりあげ、そのまま再び泣き出した。
うわーんと。
豪快な泣き方は、それだけ彼女だって内に込めてものがあったからだ。
嫌がらせを受けても彼女は笑い顔で流し、必死に仔猫を探し、同じ虐められている俺を思い出せば、俺を慰めるために姿を現してくれたのだ。
「明日からね、無理に学校に行かないでよ。その代りに見舞いに来て。それで一緒にここで勉強しよう。大学病院の図書館はいいぞお!」
「ハハハ。親がどう言うか。」
「その教科書を親に見せて、自分が殺されて良いのかと聞いてみればいい。俺がされた事と一緒だと言えば、きっと行くなって言ってくれる。行けと言うならね、有咲、俺達は自分達の命を守るために親から逃げてトーチカを作ろう。」
俺はアンリのように有咲に声をかけていた。
彼女はあの日の俺のように真ん丸な目で俺を見返した。
「トーチカを作ってどうするの?」
「幸福権のために、俺達は親をも蹴散らして進撃するぞ。」
有咲はワハハハと今度は豪快に笑い、一抜けと叫んだ。
「一抜け?」
「うん。だって高校は一緒の学校に行きたいもん!あたしは学校に行って勉強をするよ!フクロウが馬鹿学校なんて行ったら格好悪いじゃない!」
俺は、確かに、と笑い、親友となった彼女と誓い合った。
一緒の学校に今度こそ通おう!と。
その日までの俺達は、梟だからこそ賢く立ち回って生き延びてやろうと、約束し合ったのだ。
有咲はにこやかな表情となって、また来ると言って自宅へと帰って行った。
俺は彼女が帰ると、彼女の番号から一度は彼女に繋がった事のあるミッチ達、五人の番号を手に入れて、いまや有咲が入れない彼女達のログを漁った。




