朗らかすぎる見舞客
「曽根の父親が夜逃げしたってさ。」
入院先は東病院から拓海の祥鳳大学医療センターへと変わっているが、そんな俺に有咲が約束通りに何度も見舞いに来てくれている。
今日の彼女は土産品を持っていて、それは曽根家の話であった。
「そんで曽根の家はお化け屋敷になりました。他の人から聞いていた?」
「ううん。初耳。」
俺は首を横に振った。
顔を合わせれば必ず俺に死ねと言い、俺に消え失せろと何年にもわたって言い続けた曽根だったが、自分の家族こそが離散して消えてしまったとは!
「ははは、やった!でさ、信じらんね。あそこのお母さん、曽根の妹だけが好きだったみたいよ?今更な母さんのママ友情報で回って来た話ではね。曽根がさ、エスカレーターから落ちた事件から、お母さんは妹連れて実家に帰っちゃってたんだってさ。」
「まあ、曽根を連れてお母さんも実家には帰れないでしょう。そん時の文豪くんは入院中なんだし。」
「で、今も入院中と。それも今回は退院できるか分からないんだよね。」
曽根は東病院で一時は治療を受けていたが、病症の凄まじさから隔離病棟のある大学病院に転院させられた。
俺の腹の傷を修復してくれる予定の羊さんみたいな逸原教授が、曽根の症状に大いに興味をしめし、それで大学病院に呼び寄せたというのである。
お喋り拓海教授の話では。
教授って称号が付くと、医師は人道的な何かを失うのかもしれないね。
羊さん教授も拓海側の人間だったのかよ!
さて、大学病院に転院した曽根は、なんと、現在行方知れずとなっている。
人の口には戸が立てられない、とのことで、仮名で大学病院の隔離病棟にいるだけなのだが、この事実は、大学病院の数少ないスタッフにしか知らされていないというトップシークレットだ。
なぜ俺が知っているか。
拓海はああ見えても、教授になるだけあって病院の秘密事には口が堅い。
よって、俺が勝手に動いただけだ。
だって、寝ている間に曽根に襲われたらこと、でしょう。
その大義名分のもと、俺はまず、病院のカルテは電子化されているのだからと、曽根と同じ病名で同じ症状で入院している人のカルテを探してみたのである。
むろん、一般患者が自分のカルテ以外を見る事など不可能だ。
また、病院内のサーバーは、銀行の個人情報が入っているサーバーのように、公のネットには決して繋がってはいない独立したものでもある。
だから、院内のサーバーにだけ繋がれている、看護師の持っているスマホを俺は狙ったのである。
働きアリの中に働いていないアリが紛れているように、業務中に大事なものを置き忘れる看護師は必ずいて、その看護師を観察していれば、業務用スマホをコピーする機会など簡単に手に入る。
「でさ、今日は最新のお薦めを持って来たよ。」
急な有咲の呼びかけにもの思いを振り払ってみれば、有咲は俺のベッドに乗り上げており、ベッドを占領する勢いで胡坐をかいて寛いでいた。
彼女の脇には漫画本が二冊積まれている。
俺は溜息を吐きながら冷蔵庫からリンゴジュースのパックを二つ取り出し、一つを彼女に渡すと、有咲はジュースに対する返礼品を出そうというのか、彼女の通学鞄をカパッと開けた。
「じゃじゃん。これ美味しいんだよ!」
海外商品のグミキャンデーの袋を取り出して、俺に振って見せた。
「漫画本はお薦めじゃないの?」
「あたしが今読む分。一巻はあと半分だから読み終わったら読んでいいよ。」
「……どうぞ、お気楽になさってください。」
「うむ。ではこれを喰って良し。」
有咲はグミキャンデーの袋を豪快に破って開き皿のようにして、俺と彼女の間にそれをぽんと置いた。
「さああ、食え、食え。」
俺は彼女が買ってきてくれたグミキャンデーを指先でつまみ、彼女は俺のことを本当は嫌いなのかな、と首を傾げた。
リアルなミミズの形をしていやがるぜ。
「おいしいよ。それさ。グロイ癖に最高のストロベリー味なの。」
「よかった。嫌がらせと好意のどちらなのかなって俺は悩んじゃっていたから。」
グミの先っぽを齧ると、有咲が言う通りに最高のストロベリー味がした。
有咲の家で食べさせてもらった、イチゴゼリーの味をふっと思い出した。
「美味しい。」
「だろ?でさ、久々に晴君の毒舌が聞けて嬉しいよ。」
「え?毒舌だった?ごめん。気を付ける。」
「それが面白いんだからいいんだって!」
有咲はぶんぶんと片手を振って、その手で彼女もミミズを一匹捕まえて口に放り込んだ。
「おいしい。これな、学校で食べても誰も注意しないんだよ。他のお菓子だとガッコで食べるなって先生は怒るのにね、不思議だ。」
「どんなふうに食べているの?」
有咲はミミズの頭を口に咥え、それをちゅるんと一気に吸い込んだ。
その後は無表情で咀嚼して、咀嚼しながら俺を見つめた。
俺は彼女に注意できなくなった教師の気持ちが物凄く理解できて、俺に人との共感力を与えてくれてありがとうと有咲に感謝したぐらいだ。
それをそのまま伝えると、彼女は豪快に笑い出した。
「あはは。晴君が変わっていなくて本当に良かった。」




