とにかく相手を分析せよ
曽根によるMRIへの襲撃から二か月近く経っても、頭部の開頭手術を受けた俺は未だに入院中である。
俺は言葉を取り戻したが、左足が麻痺していた。
そこで左足の機能を取り戻せるかの検査や治療が続けられ、そして、リハビリを俺自身に課せられてもいるのだ。
この状態で学校には行けないし、自宅に戻されて母の看護を受ける事を考えれば、病院内にある図書館を使わせてもらいながら自習が出来る今の環境は、実に俺には最上ともいえる。
しかしながら、親は子供の実際を見ないのがこの世のさだめだ。
両親は医療過誤だと大いに騒いだ、のである。
彼らが俺に失語症が無くなったと思い込んでいたのは、俺の代りに出現していたアンリと会話していたからであろう。
そこで俺は、手術をしていなければこんな風にスムーズに言葉を話せなかったと、両親に改めて自分の持っていた本来の障害の症状について訴えたのだ。
それから、こうして楽に話せることが出来るのならば、自分は足の一本ぐらい失ったって構わないと思っていた、とも付け加えた。
「お前は手術前だって話せていただろ?」
「それよりも今の方がスムーズなんだよ。こっちの方が喋るのが楽なんだ。」
「だけど、お前の足が動かなくなったじゃないか!」
両親、特に父が俺の状態に怒りを見せてくれて嬉しいが、俺は父親を宥めることに嫌気がさして来たのも事実だ。
いや、もともと怒りを彼に抱いていたのか?
そうだ。
父は母に俺が父親似だと言われるたびに嫌な顔をし、俺を見ないようにして過ごしていたろくでなしだ。
遺伝ではなく血栓が正常な子供に障害を与えていた、その拓海の言葉によって父親面を俺に見せるようになったのだ。
あれだけ俺には興味も持たなかったくせに、今や父は俺を自分の子供として受けいれたとしか思えない行動を取っているのは、アンリのお陰で俺が他の子と変わらないと思ったからか?
お前は条件付きじゃ無いと子供を愛せないのか?
それこそ父親失格だと自ら公言している態度だと気がつけよ!
俺は心の中で父を散々に罵倒し、しかしながらそんな言葉が外に出てしまわないようにと唾を飲み込んだ。
それから無邪気に見えるだろう顔で父を見返した。
「足が動かなくなっても以前よりも頭が動くんだ。大人になったらちゃんと働いて、約束通りに借りたパソコン代は父さんに返すよ。」
「そ、そうだな。父さんのようなエンジニアは足が悪くたってなれるもんな!」
父は急に顔をほころばせた。
アンリが俺から消えたのならばと、俺は俺のノートパソコンを父に病室持ってきてもらったのだが、父は俺にパソコンを手渡した後に中を見たがった。
そこで自分がセットアップしたものを幾つか父に確認させると、父は初めて俺が一度は聞きたかった言葉を発したのである。
「俺の子だ!」
父が俺の障害を自分の遺伝だと簡単に母に思い込まされていたのは、父こそ自閉症気味の自分の感覚を常に不安に思っていたからだろう。
なぜそんなことが分かるのか。
アンリは俺に色々と教えを授けてくれたのだ。
人が他者を罵倒する時の言葉は、自分自身のコンプレックスでしかない。
外見ばかり揶揄する奴は、自分の外見にこそコンプレックスを抱いている。
あいつは頭がおかしいと人を罵倒する奴は、頭がおかしいと人に思われる事こそ怖れているんだよ、などなど。
「言わせておけ。そして相手が言った言葉をもとに相手を分析するんだ。言葉を返す時は相手の心を確実にえぐってやれ。お前を攻撃すればダメージがデカい、それをしっかりとその身に教え込んでやるんだよ。」
俺はアンリの言葉に従い、俺をないがしろにしてきた奴らを分析している。
スマートフォンの番号さえわかれば俺は相手のスマートフォンに潜り込め、相手の検索履歴などを通してそれなりの情報を手に入れる事が出来るのだ。
アンリが消えた俺は、今後は一人で自らを守らねばならない。
そのためには敵になりうるあらゆる人間のデータは必要だ。
曽根達を煽っていじめを増長させていたクラスメイト。
担任だった谷繁。
俺を生贄にして北沢の暴力性を隠していた校長とその他職員様。
アンリは敵の情報を手に入れて分析しろと俺に何度も言ったが、俺はアンリの教えを守って行動して、その意味が本当によくわかった。
例えば、俺の目の前で間抜け面をしている父。
俺は父が自閉症スペクトラムの自己診断などをしていた事や、自己啓発本などを何冊も購入していた事を知ったのである。
俺との付き合い方を模索していたと考えるには、彼は俺に関わろうとしなかった実績が長すぎるじゃないか。
これは彼自身が抱いている不安であり、俺という存在が彼の不安を顕在化させるからこそ俺から離れようと必死だったに違いないと、俺は考えている。
では、彼の不安を利用して、彼を俺の言いなりにするにはどうするべきか?
「晴純、お前は左足が悪くても平気なんだな。」
「もちろん。足が悪い人なんていっぱいいて、それでも輝いている人もいっぱいいるじゃない。俺は言葉を失う方が怖い。だからこれでいいんだよ。それにさ、これから足が動く可能性があるって先生も言っていたでしょう?」
父は、そうだな、と言ってようやく納得をした。
俺は可愛らしく笑い、心配してくれてありがとう、なんて言った。
口が腐って喋られなくなったらどうしてくれる、アンリ。




