目覚めたら
アンリヘイム→アンリ・ヘイムルダムに修正しました。(2021/12/10)
彼は農奴の末っ子で苗字も無いアンリでしたが、立身出世を夢見て剣を持ち、その世界で地獄というヘイムルダムと自分の名前を混ぜて改名したという設定です。そこでアンリヘイルでしたが、これから晴純からはアンリとしか呼ばれないので、名前はアンリ・ヘイムルダムで統一します。
俺は死んだはずだった。
いや、死んでいた。
だって、床に倒れている俺が見えるのだもの。
「ああ、俺はとうとう幽霊になったんだな。消えてなくなると思ったのに、ああ、自殺者が成仏できないって本当なんだな。」
それでももはや自分が誰にも殴られず、いるのにいないという扱いを誰からも受ける事は無くなったと、皮肉に思った。
もういない人間だものね。
「ごほ、うぇ、おおうふ。」
俺は眼下で自分が起き上がるのを茫然と見つめた。
あれは俺だろ?
じゃあ、この俺はなんだ?
空中に浮かぶ俺が信じられない気持ちで自分の体を見つめていると、俺の身体は慣れた手つきで自分の喉に指を突っ込み、なんと、俺がせっかく食べたはずの桃の種を全部吐き出した。
「何をするの!」
「お前が死ぬのはまだ早いからな。だがな、死んでいたいんならさ、俺にこの体をくれるか?俺の身体は完全に駄目になっちまったが、俺はまだ生きていたいんだよ。」
俺を見返した俺は俺じゃなかった。
俺はこんな怖い眼つきなんかできない。
最近では治る前に顔を殴られていたからか、瞼が垂れ下がってみっともない顔になってしまっていたが、今の俺の顔付のせいで、格闘技をしている人の顔に見えた。
ああ、格闘技。
格闘技系の番組がある翌日には、俺はクラスの男子達に必ず小突き回されるのだ。
思い出は俺にその時の暴行の拳を思い出させ、俺は見えもしない腕に殴られたかのようにして、びくっと震えた。
すると、俺じゃない俺が俺に手を差し伸べた。
「お前の名前は?」
「え?」
「俺はアンリ・ヘイムルダム。お前の名前はなんだってんだ?相棒?」
俺は再びびくりと震えた。
勝手に俺が続きを書いていた、俺が大好きだった小説の主人公、俺じゃない俺がその名を名乗ったからである。
俺は自分の人生を嘆きながら、自分が好きだった小説の主人公を恨んだ。
こんな傍若無人に自分はなれないし、こんな人が助けてくれるわけは無いのだと、アンリ・ヘイムルダムという存在そのものを呪ったのだ。
そこで俺は二次創作をしはじめ、栄光だらけのアンリ・ヘイムルダムを泥まみれの屈辱に落とし、野垂れ死にの人生に書き換えたのである。
「ほら、答えろ。お前を救ってやるからさ。」
俺が彼を見返した時、俺の目に見えたのは俺自身じゃなかった。
太陽みたいに輝く金色の髪に、どんな魔物にも怯まない決意の籠った理知的な青い瞳をした男性が、俺が書いた小説通りに腹から血を流し、既に死んだ人間の青ざめた顔色をしながらも俺に微笑んでいるのである。
「俺は死んじまったばかりだ。それでももう少し生きたいからさ、お前の体を貸してくれ。お前がこの体に戻って来たくなるまで守ってやるからさ。」
ああ!英雄が俺を助けに来てくれた!
あなたを殺したこの俺を助けてくれるというのか!
俺は、ごめんなさい、としか言えなかった。
でも、俺の体を好きに使ってください、とお願いしていた。
俺だって俺を虐める奴らのように、俺の気分で人を殺していたんだ、から。