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偶然は神の御心か

 弁護士事務所を出た後に俺達は、ファミレスにでも寄ってご飯、という流れになりそうになったが、両親は両親の後ろを歩く俺がついていくには早足過ぎた。

 幼い頃から俺と一緒に歩く、そんなことをして来なかった彼らなのだから、今の俺がどのぐらいの速度で歩けるかなんてわからないのは当たり前だ。


 俺はアンリが俺の体を必死に動かしても両親から遠ざかってしまう状況を見つめながら、俺が幼い頃はどうしていたんだ、そんな風に急に考えた。

 赤ん坊時代だったらベビーカー、幼稚園時代だったら自転車の補助席に乗せられていたから、俺は母や父と手を繋いで歩かなくとも良かった?


「どうしたの?何か気になるお店でもあったの?」


 母はようやく俺が彼らと距離が出来ていたと気が付いたのか、珍しく振り向いて俺に声をかけたが、俺には店に興味を示すほどの余裕など体に無いよ。


「母さん。俺は学校のプリントが気になっちゃって。あそこにバス停があるから先に家に戻ってます。あの、ご飯はコンビニで買って食べるので。」


 母は俺=アンリのところまで戻って来ると、千円札をアンリに手渡した。

 アンリは警察官に使ったあのあざとい顔付を実の母にして見せると、ありがとうと言ってバス停に向かって歩き出した。


「そんな顔を俺は母さんにしたくない。」


「どあほう。人を確実に操れるのはな、恐怖でも愛情でもない。罪悪感だ。」


 俺はアンリの酷い台詞に何をと思いながら無意識に振り返り、俺達を見送る母の顔を見て知ってしまった。


「何か泣きそうな変な顔をしている。」


「ふふ。あの拓海医師のお陰で許されたと思い込んだあの女は、お前への罪悪感を消した代りに赤ん坊時代のお前への愛情を思い出しているんだ。だけど、習慣の方が強い。蒼星への片寄った愛情を消すことはできない。そこで、罪悪感を戻してやったのさ。罪があるなら償わねば、そうだろう?」


 俺は、わかった、とアンリに答えて、アンリが勝手に母に向けたあの表情を忘れようとした。

 アンリの行動はどれも俺の為になっており、そんなアンリが考えての行動なのだから認めねばならないと、自分に言い聞かせもした。


「でも嫌だ。俺があんなに惨めったらしく、母さんの優しさに喜んでいるような顔は嫌だ。俺はそんな期待はあの人にしないと決めたんだ!」


「だから俺が作った顔だ。失ったものが分からなければ、失ったものへの喪失感など湧かないだろ?あの女はお前からあの顔を二度と受け取れないと知った時、全てを失ったと思うはずなのさ。」


「違う!そうじゃない!あの顔はきっと散々に俺が母さんに向けていた顔だ!それでも俺の時は優しさの一片も手に入れられなかったんだ!アンリなんか嫌いだ。蒼星も大嫌いだ。俺にはできないことを簡単にできてしまう!」


 俺は両手で顔を覆っていた。

 幽体なのに両手で視界を遮っただけで世界は真っ暗となり、本当は俺は死にたかったのだと、あの日を思い出していた。


 あの日と今はかなり状況が変わったが、俺はあの日に死んだままだし、生きていたとしても、自分では何も手に入らないし変わらないと思い知らされるばかりではないか。

 このまま死んでしまえば。


 ぐふ。


 アンリが嘔吐するような音を出し、俺は慌てて顔から両手を外すと先を歩いているはずのアンリを探した。

 彼はバスに乗り込むところだったらしく、ステップを上り切って料金を入れる箱の真ん前でしゃがみ込んでいたのだ。


 俺はアンリの元へと駆け出していた。

 いや、幽体だから、ふよふよと飛んで行ったが正しい。


 バスがなかなか動かなくて良かったと思いながらバスに乗り込むと、後部座席の方にて若い女性と中年女性が抱き合って脅えており、アンリが跪いているすぐ前で市村が乗客に押さえつけられているという状況だった。


「はなせえええ。邪魔をしないでえええ。」


 口から泡を吐きながら叫ぶ市村は、奥の女性達しか見ていない血走った眼を憎しみに燃やしている。

 一体どうしたんだ?


「アンリ!どうしたの!」


「しくった。ちくしょう。女の鞄は何て重たくて硬いんだ!」


 アンリは意識だけで罵倒すると、その場にばったりと崩れ落ちた。

 乗客から悲鳴が上がり、運転席近くに座っていた高齢の男性が大声を上げた。


「君!運転手!警察と救急車を!」


「もう連絡してます!」


 俺はアンリの足元に転がる鞄を見下ろし、その鞄にてアンリが殴られたのだと想像してぞっとした。

 ちくしょう、と呟くしかなかった。

 だって、鞄から厚みのあるプラスチックの物体が飛び出ているのだ。

 これ、漬物用の重しじゃないかって。

 倒れているアンリ=俺の体の口元から、赤い血がどろっと零れた。

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