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99匹の真っ当な羊が全部死んでも、神は迷子の子羊だけ守りたもう、らしい

 俺はアンリが言う通りに職員室に飛び込んだが、職員室内には糾弾されていてしかるべき谷繁の姿は無かった。

 では、教師達は何を話し合っていたのか。


「ああ、北沢さん。よくお越しくださいました。」


 校長が恭しい動作で立ち上がり、北沢は校長よりも偉い人間のふうに、いや、テレビで見る法王のような様子で校長に笑顔を返した。


「本日は皆様にご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。息子は寛解かんかいの段階にありまして、こうして時々揺り戻しの行動を取ることがあります。先生方の温かい見守りを頂いて、日々安定しているのはありがたい事です。」


 寛解かんかい

 何それ?


 聞きなれない言葉を北沢の父親が発しただけでなく、彼の言葉が北沢の異常行動を教師が全員知って見守っていたという意味であることに、俺は胃がキュウと締め付けられて体が寒々していった。

 今の俺は幽体でしかないのに。


「ちょっと待ってください。それだけですか?彼は同級生に暴力を振るいましたよ。今日の会議は彼の暴力性についてどう制御していくかでは無いですか?今後の事を考えて北沢君は支援学校で療養するべきでは無いのですか?」


 あ、上杉先生だ!

 今日の北沢の行動を直接見ていた人であり、当り前だが市村に躊躇なくスタンガンを当てた事を知っている唯一の人である。

 だから一番危機感を抱いているのだろう。

 そこで、校長が、まあまあと上杉を宥め始めた。


「君の懸念もわかるよ。だけどね、北沢君が反応するのが蒲生君だけでしょう。一年の時は北沢君は問題を起こさずにいい子だったじゃないですか。恐らく友人同士の行き違いで北沢君が混乱しているんだと思うよ。」


 え?

 俺はポカンとするしかなかった。

 俺は一年の頃から地獄だった。

 北沢が良い子?


「蒲生君に辛く当たっていた子は曽根君でしょう。北沢君はそんな蒲生君に寄り添おうとしていたのでは無いのですか?そんな彼の思いやりが、いや、蒲生君も誰にやられたかの真実を話すのは怖いと、北沢君の名を上げたのでしょう。それで北沢君が混乱してしまったのでしょう。」


「ええ、息子は混乱しています。十字架を焼いて自分の頬に当てたりもしています。自分の中の悪魔を殺すのだと言って。あの子は苦しんでいるのです。」


「あれは、自分でやったと?」


 北沢の頬の火傷を知っている上杉は動揺した声をあげ、北沢の父は寂しそうに微笑んで頷いた。

 あの子は自分が悪魔つきだと思い込んでいるのです、と。


「悪魔って、あなた!だから蒲生君を痛めつけて良いと?」


「息子では無いですよ。あの子は人を傷つけるぐらいならば自分を傷つける子です。可哀想に、友人だと思っていた子達をあの子は止められなかった。それを苦にして頬を焼いたんですよ。」


「市村先生にスタンガンを当てたのはどうしてでしょうか?」


 上杉だけは納得いかないという風に、北沢の父に尋ね返したが、その上杉を古典の教師の芦沢が押しとどめた。

 ふっくらした体型の五十代の女教師は、俺達生徒にして見せるいつもの母親めいた眼つきで三十代後半の上杉をねめつけると、言い聞かせるような口調で聞いている俺こそ許せなくなる物言いをしてきたのだ。


「上杉先生。あなたこそ実際に目撃されたとはおっしゃらなかったでは無いですか。北沢君が先生に言った通り、他の子の仕業なのでは無いですか?保健室は一階。窓からいくらでも逃げだすことはできますよ。私達教師は子供を決めつけるのではなく、苦しみこそ理解して見守ってあげるべきでしょう。」


 苦しみこそ理解して?

 俺の苦しみは理解してくれないくせに?

 あいつは病気で苦しんでいる、から?


「ちがうよ!苦しんでいるんじゃない!ああしたら格好いいと思っているだけだよ!あいつが苦しんでいてたまるか!」


 俺は叫んでいた。

 声も無き声でしかないが、それでも声を上げていた。


「あいつは俺を切り刻んで喜んでいた!目をぎらつかせて、興奮していたあいつは、自分こそちんぽをおっ立てていたんだよ!」


 だから俺は死にたかった。

 自分は汚されて殺された気がしたのだ。


 ぱしゅん!


 幽霊の俺が叫んだからか、職員室の蛍光灯が一本だけ弾け、全部の蛍光灯が一斉に灯りを消した。


「きゃあ!」

「一体何が!」


 職員室の教師は一斉に頭を庇って身を低くした。

 俺は怒りの息を吐いた。

 すると、蛍光灯が三回点滅し、ぱっと一気に全部が点いた。


 教師達は頭上の異常な点灯をした蛍光灯を怖々と見上げていたが、北沢の父だけは天井を見上げてうっとりとした表情を浮かべていた。

 俺は北沢の父に脅え、そんな俺にアンリはしっかりとした声で命令を与えた。


「戻ってこい。家に帰るぞ。」


「迎えが来たの?」


「来なくていいとメールした。腹痛が酷いから家に帰ると書いたメモを校長室に置いてきた。急いで昇降口に来い。」


 俺は急いでアンリの元に駆け付けたが、アンリは既に靴を履き替えていた上に俺を待つわけでもなく歩き出していた。


「待って。」


「待てない。急いで帰りたい。ああ、ちくしょう。奴らが家裁に書類送検されると聞いていたが、一向にどの家もお前に謝りに来ない理由が分かった。林田も今泉も曽根も北沢の行為を止められなかったとでも言ったんだろうよ。それで、精神病を患っている子供の行為だからと不問にされたんだろうな。全く。不問にした奴らは自分の腹にカッターナイフで文字を書かれてみろってんだ。」


「ぼ、ぼく。俺は、俺達は勝てないの、かな?」


 アンリは足を止め、俺に振り返った。

 彼は不敵そうににやっと笑うと、勇者らしい言葉を放った。


「勝つよ。」


 そして、常に体から離さない俺の昔の携帯を右手に持ち、俺に振って見せた。

 録音と動画撮影だけはできる、アンリが選んだ現世の武器だ。


「林田と今泉を排除しようか。北沢がお前にした事をあいつらが林田と今泉に被せるならさ、あいつらの意志を汲んで俺達が動いてやろうじゃないか。」

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