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良き大人と悪い大人

 谷繁は市村を呼び出したが、そういえば場所についての指定など無かったなと俺は気が付き、どうしようかと考えたが、谷繁こそ市村とどこぞに籠るつもりなど無かったようだ。


 十三時十二分に、谷繁は市村に行けないとのメッセージを送ってきた。

 おまけのようにして、蒲生君の様子はどうかな、と付け足して来た事で、俺は谷繁への見方を再び修正する必要性に迫られた。


 あいつは北沢が晴純を襲撃することこそ踏まえた上で市村を呼び出し、市村に北沢の晴純への暴力行為を見せつけるつもりだったのだろうか、と。


 そこで問題となるのは、谷繁が北沢の行動パターンを熟知しているくせに、北沢の味方をしていた理由である。

 あいつの性癖もサディストなのだろうか?

 そこで谷繁が北沢にかけた言葉を思い出した。


「北沢さんは少しばかり意固地な所があるからね。わかっているよ、彼が難しい人だって事は。」


 その言葉は自分が北沢の父親の事をよく知っていると言外に語っており、また、北沢の父親の事を蔑んでいるような含みもあった。

 谷繁が無能なのは変わらないが、悪意のない無能なのではなく、無能なゆえに悪意を燻らせている人間だとしたらどうなるのか。

 同じ公立の教職員であるのならば、北沢の父親と谷繁は同僚だった頃があるのでは無いのか?

 谷繁の悪意は北沢の父に向っていたのだとしたら?


「ね、ねえ。谷繁はどうするの?」


「どうするも何も、職員室でお話し中じゃないか。」


「そ、そうだよね。」


「それにさ、お前はやってくれたんだろ?」


 晴純は年相応の悪い笑顔をして見せた。

 悪戯をした時の子供の笑顔だ。


 市村のスマートフォンに谷繁はメッセージを送ってきたが、そのメッセージが画面に浮かんだ時にそのスマートフォンを手に持ったのは上杉である。

 機転を働かせた晴純は、すぐさま市村の携帯のロックを外した。

 上杉はロックが掛かっていないことに気が付くや、谷繁と市村のやり取りの確認をして、生徒には聞かせられない低い声で、ちくしょうめ、と呟いた。


 さて、北沢にスタンガンを喰らった市村と自爆した北沢は、どちらも医者に見せねばならないダメージがあり、上杉の呼んだ救急車によって病院に搬送されている。

 意識を取り戻さない市村は言うに及ばず、自業自得の北沢は鼻の骨は確実に潰れており、唇を自分の歯で切り裂いている上に前歯が二本折れているという状態であったのだ。


 彼らの搬送が終われば教師達は北沢の暴力行為について緊急会議をする事になり、取りあえず生徒達は保護者に連絡の上での帰宅処置がとられた。

 そこで俺も自宅に返されることになったが、上杉が俺を他の生徒と一緒に帰宅させては危険だと言い張り、俺は母親の迎えが来るまで校長室の片隅で自習することになったのである。


 どうしてこんな生徒想いの教師がこの学校にはいたのに、晴純はあんなにも酷い暴力行為を校内で受け続けてきたのだろうか。

 谷繁こそ癌だったのか?


「あのさ、俺が職員会議を覗かなくても大丈夫?」


「大丈夫。あいつらが真っ当なら、俺達は安泰だ。そうでない決定を下した奴らだったら、あいつらが教師をしていけ無くなる状態にしてやるだけだ。」


「だったら、覗いてたほうが俺達は臨機応変に動けるんじゃない?」


 俺は晴純に大丈夫とだけ答えた。

 職員会議こそ晴純に覗かせて俺に中継させるべきなのであろうが、彼は俺が思っている以上に純粋なのだ。


 自分の進退しか考えない大人が、自分の進退に重きをおいての話し合いしかせず、しかしながら結果的に人道的に聞こえる判断をするのはよくあることだ。

 俺は病院であったあの校長の印象から、教師達が腐った会話をしていると仮定しているのであり、晴純にそんな場面を見せたくは無いのだ。


 また、俺が感心している上杉に裏の顔があったとしたら、晴純は確実に人を信じられなくなるであろう。


 話し合いの結果が晴純にとって良いものとなったら、上杉のような教師が大多数だったからだと晴純に思わせてやりたい。

 彼が誰にも助けを求められなかったのは、あの母親や谷繁のせいで大人を信じられない状況に追いやられていたからだと俺は考えているのである。


 こんこん。


 ノックの音に俺はどうぞと答え、するとドアが開き、俺が出会った訳ではなく晴純のメモリーのどこかに埋もれている見覚えだが、初対面では無いと思える中年の男性が校長室に入って来た。


 誰だ?


 中肉中背で丸顔に近い輪郭の顔にメガネをかけた外見は、教師、というカテゴリーにぴったりだと言えるが、ひと目で彼が教師だと俺が考えたのは、物腰が晴純の記憶に残る小学校時代の担任に似ていたからであろう。


 静かで丁寧な立ち居振る舞いだ。


 彼は校長室に俺しかいないことに目を丸くし、校長は?と呟いた。


「校長先生は職員室で会議中です。」


「君は?生徒は全員帰宅したと聞いているが。」


「あの、ええと。僕は、保護者が迎えに来るのを待っているので。」


「どうして、ああ、君が蒲生君か。すいません。僕は北沢と申します。北沢きたざわ道琉うぇいるの父親です。息子がいつもお世話になっています。」


 俺は、え?、となった。

 浮世離れしているにもほどがある。


 お前の息子が晴純を傷つけている張本人だと、先日の補導の時に警察から聞かされたはずでは無いのか?


 警察は被害者である晴純の名を伝えず、また、目の前の男は晴純が学校のいじめられっ子だと知っていても、自分の息子が主犯だと考えていないのか?


 俺がまじまじと北沢の父を見つめているだけとなっていると、彼は何の気分を害した様子を見せずに、職員室だね、そう言って戸口から去って行った。


 俺は晴純に職員室に行ってくれ、そう頼んでいた。

 彼がどんな人間なのか、谷繁との関係は何なのか、俺達は知らねばならない。

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