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伝説の勇者

藤は俺が車に近づくや、運転席から降りただけでなく俺の為にドアを開けた。

いつものシャツにジーンズ姿というアングラ劇団の大学生のような恰好ではなく、拓海教授が学会などお堅い席に出席する時に纏う、黒を基調にした昭和初期を思い起こさせるノスタルジックな運転手制服である。


この制服は別に拓海が支給したわけではなく、藤が自分で作ったらしい。

そんな制服姿の彼が俺に開けたドアは、助手席ではなく後部座席だ。


「いつもみたいに助手席でいいよ」

「いいから、いいから」


俺は藤のお遊びが久しぶりだと思いながら、楽しい気持ちで藤が支える後部座席の中へと身を屈めて。


!!


後部座席に拓海がいた。


仕立ての良いスーツがそれなりな地位があると教えるだけの、収まりの悪い癖毛と痩せぎすの体をした人好きのする顔付をしている、三十代後半にしか見えない外見の男。第一印象では、大学教授にも天才外科医にも絶対に思われないし、口を開けば素っ頓狂なだけの、困ったおじさんだ。


「迎えに来たよ。晴純」


ぱっと笑顔になった彼は、俺へと両手を広げる。

俺は後部座席に飛び込み、そのまま拓海にしがみ付いた。

俺の背中に拓海の左手が触れる。

俺の後ろでドアが閉まった音が聞こえ、すぐに運転席のドアの開閉音も聞こえた。


車は静かに動き出し、俺はこの車が警察官達がいる場所を通っていると思い出して、今の俺の姿を隠さねばと自分を叱責する。

こんな弱い姿を見られてどうする。

俺はそっと彼から離れ、それでも気持が拓海から離せなくて視線は拓海へと動く。


拓海は笑顔で俺を見つめていた。

晴れ晴れとしすぎて、反抗期の俺が憎まれ口を叩きたくなるぐらいだ。


「りょうさ」

「晴純は蒲生晴純だ。あいつを型に嵌めるな。アンリにそう言われたよ」


俺は言葉を失った。


アンリが?


俺と拓海が離れていた、のに、拓海はアンリと邂逅を持ったというのか。

夢遊病患者みたいに俺がアンリとなって、拓海に電話でもかけたのか?


今までの俺の高揚感はぺしゃりと潰れた。

俺は拓海の次の言葉が怖い、そう思いながらも、口は勝手に動いていた。

俺の中のどうしても消せない願望がそうさせたのだ。

常にアンリを求めるばかりの俺が。


「いつ、いつ、アンリと」


「寝たきりになった時だね」


「あの」


拓海は珍しくハハハと声を上げて笑うと、悪戯っぽく運転席へと目玉を動かす。

運転席の藤は拓海の視線など分からないだろうに、呼応してワハハと笑う。


「藤さん?」


「藤君が放った死霊。その中にアンリがいた。彼は横たわる僕に、根性無し、と罵った。それから先程の名言だ。ついでに、親子で迷子になってしまった時こそ、親は子供の手を放しちゃいけないんだそうだ。子供こそ正しい道を知っているかもだろ? てね。彼らしい」


「アンリ、ですね」


俺は両手で顔を覆っていた。

そうでないと次から次へと流れる涙で俺は車内をプールにしてしまいそうだ。


俺は、ずっとずっと、信じようとしている。

アンリが俺の脳みそが作った別人格なんかではなく、俺の中に転移した異世界から来た勇者だって。


だって、アンリが俺の脳みそが作った人格だったら、俺は誰にも愛される事など無かった子供ってことになる。


「鹿角さんに謝らなきゃ」


「どうして鹿角」


拓海の声に不機嫌なものが混じっていたので、俺はくすくすと笑ってしまった。

自分の存在が、拓海や鹿角なんて凄い人達を影響しているのだ。


「晴純?」


俺は両手から顔を上げ、拓海を真っ直ぐに見つめた。

拓海は俺の泣き顔にハッとした顔をしたが、心配する言葉を俺に掛けるよりも学生の言葉を聞こうと構える教授の顔になった。

そして彼は待つのだ。俺の話したいことを聞くために。いつまでも。


「俺は――亮さんとの養子縁組について、鹿角さんが邪魔を仕込んだと思ったんです。だけどもしかしたらアンリだったのかもって思ったら、濡れ衣ですよね」


拓海と藤が同時に吹き出した。

たぶん、俺が仕返しの仕掛けを仕込んでしまっていた、それに気がついたのかも。


アンリは敵を潰す時は敵を知れと何度も言っていた。

俺は鹿角が水口を動かした黒幕だと思っていたから、鹿角の言うままに彼の家に居候をしたのである。鹿角の弱点を探るために。


俺は少々慌てたようにしてスマホを取り出し、仕返しの仕掛けが動かないように修正のプログラムを送った。

だけどささやかな嫌がらせは物体だから、俺でも今からどうにかできやしない。

そこで鹿角にメールを送った。


世話になった礼だが

ガワが気に入らなかったらすまん、と。


鹿角からの返信は、二時間後ぐらいだった。

その頃には俺は拓海の家に戻っている時間で、一ヶ月ぶりの我が家を堪能していたから気がつかなかった。そういことにしてくれ。俺がいない部屋に帰るのがこんなに辛いとは思わなかった、とか、中坊に何を送って来てんだよってやつだよ。見なかった事にしたくなるだろ。

よって気がついた翌朝、俺は鹿角に適当なメッセを送った。


                           また遊びに行く

                         だし巻きをまた頼む


いつでもおいで

私こそ会いに行くよ

だし巻きも持っていく


「返信速いしキモいな。嫌がらせを嫌がらせに取らなかったのか? ヤバす」


物体の嫌がらせとは、俺が作った一方的音声出力メール端末だ。

スマホに鹿角宛のメッセージがあれば、俺の声で勝手に読み上げるという代物だ。

俺はそれをいかにもご厄介になった礼の品風にして、鹿角宛に置いて来たのだ。


嫌がらせにならないって?

端末のガワを、銀粘土を使ってヤモリの形にしたのだ。


あの鋼鉄の男が脅えるぐらいにヤモリが苦手なことを知った時は、俺は本気で大笑いをしてしまったと思い出す。だって、ひゃって悲鳴を上げたんだよ。

全てを制しているみたいな顔を常にしている、あの鹿角が。


だから俺は頑張って作ったね、絶対にヤモリに見えるように。

俺が以前に贈った金鯱という巨大化するサボテンも大事に育てていた奴なのだから、大嫌いなヤモリ型でも奴はそれを見える場所に飾るはずだ。



ヤモリは家守だ。

大事にするよ。

三角と波瀬の羨ましがった姿を見せたいよ

何度も言うが、ありがとう



あれ?

ヤモリは生理的嫌悪感でどうしても駄目だって言わなかったっけ?

ふざけんな、この野郎。

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