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見えているのに見えていないから鳥はガラスにぶち当たる

久我山は最後まで皆原の居所について言わなかった。

俺は血塗れの久我山の横にしゃがみこんだまま、う~と唸る。

今回の俺、無駄に動いているだけでなんの成果も上げていない。


皆原は依然として不明。

狩谷の父の死体隠しは狩谷の母方の親族が加覧で、加覧が極左組織どころか「希望の千年」という宗教団体を立ち上げていたことが理由だった。


加覧は国を改革する戦士を育成するつもりだったようだが、息子や孫の代では信者から財産を巻き上げる目的の団体に変わっていた。また、信者の家族が騒ぎ出せば秘密裏に誘拐してどこぞに埋める等、無駄な行動力も備えていた。


危険な新興宗教団体。

あの駅のホームで狩谷陸が俺に告白した事で、瞬時に鹿角チームの獲物となり、彼らがしっかり動いていたのは明らかだ。


つまり、奴らが俺の歓迎会に姿を現わしたのは、三角達の仕込みに違いない。

ついでに言えば、俺が歓迎会に出席しなければ、以前に補導した青葉達からの供述と言う事であの廃工場の家宅捜査をするだけの話であった。


うん、俺が邪魔したねってことかもね。

だけどさあ、俺だって皆原を見つけてやりたかった。

人を殺した罪悪感から逃げる事を諦めて同級生達に嬲り殺された彼を、ちゃんと彼という人間が存在したんだと掘り起こしてやりたかったのだ。


藤に頼んで降霊までしてもらったのに。

なのに、呼び出しに応えた亡霊は、皆原の母だけだったとは。


俺は再び大きく息を吐く。

そんな俺の背中は軽く叩かれた。


「晴君。救護できないからどいて」

「はい。三角せんせい」


俺は立ち上がり、三角に誘導されるままのそのそと邪魔にならない場所まで下がる。それから視線を動かし、警察官達に捕えられている少年少女達を見据えた。


女子二人と男子三人。

廃工場には来なかったが、皆原への暴行には関わっていた奴らだ。


学校を休校にした三日間、警察と学園は彼等を保護者と一緒に呼び出して事情聴取を執り行った。そしてそのような犯罪行為をしていた事で、学園側は彼等の親に学籍剥奪か自主退学のどちらかを選ぶように勧告した。

学籍剥奪ならば学校に存在してもいない事となり、これまでの成績などの評価も何も無くなる。全員が自主退学を選んだ。


ただし一連のそれらに久我山だけは除外してある。

一人だけ見逃された奴がいたと知ったらどうするか、という簡単な実験だ。


結果など考えるまでも無かったなと、警察車両に乗せられていく仁平達を眺めながら皮肉に思った。

お前等の仲間の意味は、連座制となる場合の、でしかでないのかよ、と。


「晴君は意外と酷いな」


「そうですかね。人は間違うから更生できるという観点で言えば、二度と同じような事はしない、という選択を選べば良かったんですよ。その場合敗者復活もあったのに、残念な事ですよ」


「敗者復活?」


「学園復帰に高校進学のチャンス。自主退学選んだ時点で退学届けが受理されるまでは学園生徒です。復学可能です」


「教えてやったらさらに発狂しそうだな」


俺は今度は担架で救急車に運ばれていく久我山を眺める。

救急隊員が乗り込んだ次に、まるで付添いのように黒い影もシュルっと中へと入り込んだ。そこで救急車の後部ハッチが閉まる。


「久我山は最後まで皆原の居場所を言わなかった。あの男達も皆原については知らないって言ってるし、他のガキどもは皆原は久我山が知ってるはずだって言い張るし。どうしたもんか」


「晴君はさ、作ってしまった死体はどうやって隠す?」


俺は三角へと顔を向ける。

三角は涼しい顔をして、なんて質問を俺にするんだ。


「死体なんか作るわけ、わけ。あ」


俺は両手で顔を覆う。

俺の馬鹿。

死体の身元を詐称できる技術を知っている少年がいたじゃないか、と。


「どうしたの? 晴君。頭が痛い? ほら、シューコシューコする?」


「登山用携帯酸素吸入器なんか必要ありません」


三角はこの間の俺の意識不明について、怒ろうとしながらも倒れた真相を聞いて腹を抱えて笑うだけにした人だ。


あの夜の俺は亜硫酸ガスを吸わないように出来る限り息を詰めており、そんな状態で激しい運動をした事で酸素欠乏でホワイトアウトしたのである。


あの日から彼は携帯用酸素吸入器を持ち歩き、ことあるごとにそれで俺を揶揄うのだ。ああ、こんな馬鹿を揶揄いたくなる気持ちはわかるよ。


こんなにネタバレしてるのにわかって無いもんね、俺は!!


「ああ、もう。全部わかってたんですね。三角さん達は。本気で三角さん達の有能さをまず疑わないとだったんですね」


「え、何が?」


「狩谷陸。彼の死亡届、いいえ、彼の受診歴を調べてないわけないですよね」


「え、どうして」


三角は素っ頓狂な声を上げ、俺は両手から顔を上げる。

狐顔のすました顔などしていない、本気で訝しんでいる顔だ。


「いや、あの。皆原はまだ生きていて、狩谷の保険証でどこかの病院にいるんじゃないかな~って。で、もうそこんとこは調べてあるんですよね?」


「あ」


三角は急いでスマホを耳に当て、俺が言った通りに狩谷の受診歴の問い合わせをするように部下に伝えている。恐らくこんな真夜中であるため、電話相手は情報を超法規手段で探れそうな波瀬であろう。


三角のスマホは連絡を入れた五分後に震え、三角はそれに応対してすぐに携帯用酸素吸入器を自分の口に当て、俺から目線を逸らした。


本気で彼等の有能さを疑うべきだったか。


「ハハ。皆原の居場所が分かったなら、案件はこれで終わりですね」


「はあ。もう少しここにいてあげればいいのに」


「電車だったら二時間ですからね、駅まで迎えに来てくれるならまた来ますよ。帰れる場所を沢山作れって言ったのは三角さんじゃないですか」


三角は俺の頭を軽く撫でた後、ポケットを探って掴んだ何かを俺に差し出してきた。拳にしているので中身が何が分からない。

俺はそれでも三角の拳に対して開いた手を差し出した。


「うわ」


三角は手を開くや俺の差し出した手首を握り、俺を彼へと引っ張った。

それで俺は三角の腕の中?……抱きしめられてる!!


「中坊男児に何してんですか!!」


「信じやすくて無防備な子へのサービス?」


「いらない。こんなサービスいらない!!」


「だってさ。次ぎ会う時は君は成長してる。男の子の成長って早いんだよね。きっと俺に抱きしめて貰いたくても、俺こそちょー勘弁してってやつだって」


「今の俺こそちょー勘弁してってやつ!!」


だけど俺は軽く三角の背中をぎゅっと抱き返した。

今回はお世話になった、のだ。

それで彼から離れると、彼に向かって深く頭を下げた。


「え、ちょっと、本気で今すぐ消えるの? 鹿角さんに挨拶は」


「してあります。でもって、迎えが来ているので」


俺は頭を上げる。すると俺達より数十メートル先の暗闇で、俺達に存在を知らせるようにして車のライトが一階点滅した。


「ああ、藤くんか」


藤だ。

早く戻りたい俺はズルをした。

俺は皆原の死体を見つけるために、最後の手段をとったのだ。


幽霊に死体のありかを聞く。


呼び出せたのが皆原の母だけで皆原本人を召喚出来なかったことで、俺こそ皆原が生きていたともっと早く気がつくべきだった。


「もっと早く藤さんに声をかけるべきでした。藤さん俺がいなくてお喋りできなかったそうで、そこいらじゅうを死霊ぎっしりにしてたみたいです。水口裁判官がいる宿舎とか、かたくなな拓海先生のベッドルームとか」


聞いた時、実は俺は落ち込んだ。

藤の思いは嬉しいが、拓海が動けなくなったのは霊障かよ(怒)と。


「そっか。今回聴取中に子供達が異常行動を次々起こしていたのはそういうことか。あの子達にも死霊を放ったんだ。どうりで簡単にぺらると思ったよ」


「声なき声を聞く経験は大事かなって」


俺はもう一度頭を下げると、今度は一切振り向かずに藤が待つ車へと向かった。

助けてって一言で、迎えに来てもらえる自分は幸せ者だ。

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