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あの子はどこにいったのでしょう

秋友は学校の仰々しさに驚いた。


登校すれば校門前には警備員と学校職員達が立ち、校門を入ればすぐに教室に行くように追い立てられたのだ。何があるのかと首を傾げながら教室に入れば、すでに教師が教室で生徒を待ち構えている。

教卓に立つのは三角ではなく、学年主任だった。


「おはようございます。あの、担任は?」


「いいから座って。全員が集まってから説明しよう」


その数分後、学年主任は自らの言葉通りに本日の厳戒態勢について語り出した。

祥鳳学園の生徒十二人が、死者を出す大事故に巻き込まれたということ。

次に、この事件によってマスコミが生徒達にインタビューを求めるかもしれないが、一切何も答えてはいけないということ。


秋友はすぐに坂口達のことだと分かった。

クラスには十五人しか集まっておらず、蒲生を呼び出した坂口以下十二人、そして当の蒲生がいないのだ。


あいつらはまたやり過ぎたのか。

それで今度こそ所業がバレたという事か。


秋友は愁傷な顔を作りながらも、心の中は坂口達を嘲笑っていた。

警察の所にあるだろう青葉のスマホに自分が送ったメッセがきっと発端で、蒲生の死に対してすぐに坂口達に辿り着いたのだろう。


あいつらは今後の自分には害毒にしかならないのだから、切り時だったのだ。


「学校については配ったプリントにあるとおり、今日から三日間休校とする」


それを合図に学年主任は生徒達に帰宅を促した。

秋友は三日をどう過ごそうかと考えながら自宅に戻り、結局は参考書を開いて学校にいるのと変わらない日常を過ごした。


母親は会社に行って留守だ。

父親は帰って来るのを止めた、と、彼は自宅の部屋を見回す。

どうして誰も部屋を片付けないのだろう、とうんざりしながら。


彼は皆原を家に連れて帰って来た事がある。

皆原が警察に行かないように当番制で見張りのために自宅に泊め、そして次の当番となった人間に手渡す。久我山の当番になって皆原を受け取った時、皆原の顔は誰がやったのか火傷で腫れていた。それは誰が見ても虐待された人間の姿そのもので、秋友はどうして自分の番にくるまでどの家の親も警察どころか彼を病院に連れて行かなかったのはなぜなのか、と訝った。


そして秋友は、自分の番になった事でその理由をしっかりと理解した。


秋友の親も同じだったのだ。


そこで秋友は思った。

皆原への虐待についてどの親も見ない振りをしているのは、最初から奴らは己が作った子供像を子供に重ねているだけで、子供の実際など見たことが無いからではないのか?


さあ見ろ、この屑を見ろ。

お前等の子供は反吐が出るほどの腐った奴なんだ。


秋友はその言葉を、心の中で抑えずに表に出した、と思い出す。

彼は穴の開いた壁や割れた廊下とリビングを隔てるガラス扉、そして傷だらけの床に散らばりまくった壊れた何かだったものをぼんやりと眺めた。


その結果どうなったのかと言えば、親は秋友から逃げたのだ。


母親は秋友の為に食事を作り洗濯をするが、常にびくびくして脅え、秋友に話しかけなどしなくなった。父親はこれもすべて妻のせいだと責めて、離婚届を置いて出て行った。


誰も秋友を矯正しようとしなかったのである。


ついでに、秋友が親に向かって暴れている間に、皆原こそ彼の自宅から消えた。

皆原の消息不明はその日からである。


「ちゃんと逃げれば良かったのにな」




学校の休校から三日目。

秋友が学校に登校すれば、やはり校門前に警備員と学校職員が立っていた。だが三日前と違って秋友が学園の敷地内に入った途端に、学校職員の一人が秋友へと動いたのである。


「おはよう。久我山君。君はちょっと付いて来てくれるかな」


「おはようございます。はい」


秋友は疑問を持ちながらも職員の後を追う。

職員の向かった先に辿り着けば、尚更に秋友は疑問に思うしかない。

職員は秋友を別クラスに案内したのだ。


「あの」


「君のクラスは解体された。人数が大幅に減ったからね。この学校に残ったのは、君を入れて五人だけだよ」


秋友は納得してた。

人数的にクラスで誰とも繋がらず存在しているだけのあいつらだなと、秋友はすぐに思い付いたのである。蒲生のリンチのメッセも回っておらず、夏休みの皆原飼育係に参加もしていなかった奴らだな、と。


「あの、どうして」

俺は見逃されたのですか?


秋友は思わず職員に尋ねかけ、教室の中の光景が目に入った事で合点した。

教室の後方に急遽置かれたらしき二台の机の並びあったが、一台には全ての答えのようにして蒲生が座っているのである。

蒲生は秋友を見つけると、それは気さくそうな笑顔になって手を振った。


「おはよう」


この後、秋友は蒲生を鬱陶しく感じながらも、蒲生に合わせて笑い声を立てたりしていた。そんな惨めな奴隷みたいなことをしていた一日となった。

そしてその日はそのまま終わり、秋友は下校後には当たり前のように塾に行き、いつもと同じようにして夜の九時に退塾した。


もちろん、彼はスマホを耳に当てている。

一人で駅まで歩くのだ。


「久我山君が私達を売ったの?」


少女の声に秋友の足は止まる。

いつの間にか二人の少女は彼の横に立っていた。暗くて顔が良く見えないが、仁平朋と菊村友夏里だろうと秋友は思った。


「何の話かな」


「なんのって、どうしてあなた一人が無事なのよ!!」


「意味が分かんないんだけど? 俺だけじゃなく、城崎に足立、山本、吉村それから戸平は学校に来ていたよ。君達こそ何があったんだ?」


「そいつらは関係ない。久我山はあたしらの仲間でしょ。なのに、どうしてあんただけ呼ばれなかったの。あんた一人、どうしていなかったのよ」


「どうしていなかったの? あたしたちは三日間、ずっと、警察に呼ばれて、ずっとずっと皆原のこととかをくどくどくどくど説明させられてたのよ」


「そうよ。それで、あたしは何もやって無いのに、あたしたちは学校をクビになった!!なのにどうしてあんただけ無事なのよ!!」


お前らが馬鹿なだけだよ。

秋友はそう言ってやりたかった。


仁平も菊村も大体の女子は皆原に怪我はさせなかったが、皆原の怪我した顔の画像を母親に送りつけ、十万、二十万、と金を引き出させていたじゃないか。

久我山は皆原に暴力も与えなかったし、女子の行動にも関与しなかった。

皆原当番は逃げられなかったが、もうどうしようもない犯罪行為まみれの泥船から自分一人は逃げられる立ち位置は守っていたのだ。


「蒲生に聞いたら?」


秋友は面倒そうに吐き捨てると、再び歩きだそうと前を向く。

!!

目の前には黒いフードを目深に被った少年が立っていた。

その少年は秋友との鏡合わせみたいにして、スマホを耳に当てた姿で立っている。


「みなはら」


「あのこはどこにいるの?」


真後ろから聞こえた女の声に秋友は振り返る。

けれど誰もいない。

再び前を向いて、秋友は声なき声を上げた。


女が目の前にいた。

皆原の母親が。


「あのこはどこにいるの?」

「うはっ」

ガシャン。


スマホは地面に落ちて割れた音を立て、同時に目の中では真っ白な光が散った。


「なんであんただけぶじなのよおおお」

「がはっ」


秋友は落したスマホの横に転がっていた。

仁平と菊村に鉄パイプで殴られたからだが、彼に鉄パイプを振り下ろす者は彼女達だけでは無かった。あと三人分のシルエットもそこにある。


級友達による鉄パイプの洗礼は、間断なく、殺意を持って秋友を襲う。鉄パイプが頭を、肩を、背中を、腕を、足を、打ち据え骨を砕く度に、秋友の脳裏は激痛によって真っ白い光が瞬く。


秋友はすでに助けを呼ぶ声を上げるどころか、痛みに喘ぐ、しか出来なくなっている。自分に振り下ろされる鉄の棒から逃げる事など出来なかった。


自分は殺される、それが分かっていても、もはや逃げられなくなっていた。


「あの子はどこにいったのおおおおおお」


秋友を鉄パイプで殴りつける者達の顔が全て、皆原の母の顔になっていた。

腐敗してふくらんでいる化け物にしか見えない顔だ。


「あの子はどこにいったのおおおおおお」

「家に帰してやっただろおおお」


ぐちゃ。

秋友への最後の一撃。

自分の頭が潰れる音って良く聞こえるんだな。

秋友はそう思った。


なのに、死んでいないのはなぜだろう。

人間ってなかなか死なないんだな。


「久我山。皆原はどこにいるんだ?」


がもう。


奴が俺の脇にしゃがみこんでいた。

奴は俺を助けるわけではなく、皆原のことを知りたいだけだった。


「おれが、しる、か」

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