死体が消失していたくだらない真実
廃工場には投棄されていた硫酸ピッチ入りドラム缶があった。
それは破裂し、今や俺を含めた子供達は亜硫酸ガスで命を削られている。
そんな俺達に天の助けなど来るわけもなく、出入り口にしていたベニヤ板を割って入って来たのは、指名手配犯にそっくりな三人の男達であった。
俺は奴らの顔を見て、がっかりした。
その理由だって?
狩谷陸の顔をさらに大人びさせたら、こいつらになるんだよ。
それでこいつらの顔は、指名手配犯で極左テロ組織の構成員だった加覧典生の顔なのだ。
皆原や狩谷の父の死体が消えていた理由は、これだったんだ。
狩谷の父が簡単に身代わり死体などを用意できたのも、これだからだったんだ。
俺が読んだ身上書での狩谷家は、母親の旧姓も加覧では無かった。
ならば、指名手配から逃げて潜伏している加覧典生は、狩谷の父親がしたように誰かと素性を取り換えたと考えられる。
そうしたら? だったとしたら?
狩谷の父が身代わりまで使って逃げたのは、なりすまして社会に溶け込んでいる加覧一族が炙りだされてしまうからだとしたら?
簡単に身代わり死体を用意できたのは、加覧一族はそれなりな犯罪に手を染めて活動している、加覧が作り上げた極左組織そのままだったら?
彼らは簡単に俺達を殺すし隠す。
丁度良く、亜硫酸ガスで死にそうだしな。
ちなみに、なぜ俺が加覧を知っていたのかと言えば、近松とミニパトに乗った時に、ミニパトに置いてあった指名手配犯のチラシを近松から手渡されたからだ。
あれは近松さんの親切なネタバレ行為かもしれないが、元警視庁捜査一課の敏腕刑事だった人が単なる中坊に期待しないで欲しいな。
俺の脳みそは記憶力はいいが、使えねえ、とよく言われるぞ。
そしてこんな進退窮まってしまった状況だけをひしひし感じる俺は、動かない脳みそに頼るのはやめて自然に戻ることにした。
「消防を呼んでくれ!!亜硫酸ガスだ!!」
俺は純粋な子供に還ることにしたのだ。
お前等の正体になんざ気がついて無いからさ、生きて逃がして!!
「ほんとに迷惑なガキどもだ」
男三人はうんざりした顔で俺達の惨状を見回し、その中の一人、一番年嵩そうな奴が嘲るようにさらに言い放った。
「全部で十三か。どうなっても寂しくはない人数だな」
「少子化をもう少し憂えろよ。俺達を見殺しにする気か?」
「てめえで責任取れないことはするんじゃないよ」
彼らは俺達を救助する意思が無いどころか、積極的に俺達に死んでほしい気持ちばかりらしい。俺はその気持をしっかり確認した返礼として、右手に掴んだままの武器を再び回し始める。
「はは。手製のブラックジャックなんてガキが持っているのか。嫌な世の中だな」
「生き残るには世知辛すぎるんでね」
俺は右手で「ブラックジャック」を振り回し、左手では杖を突いての左足を引き摺るぎこちない行進となるが、男達へと一歩一歩と意思を込めて進む。
「おおお。頑張るねえ」
「俺は外に出たい。邪魔するなよ。お前らだって痛い思いをしたくはないだろ?」
「ハハハ。戦士だな。死んだ爺さんが見たら喜びそうだ。同士って」
「お前が言っているジジイって、俺達のジジイのことか? 偉そうな講釈垂れるが、実際は親に甘やかされただけのあの糞か? てめえは親の金で大学行って、単なる自己顕示でテロリストになって、どうしようもなくなったら親に泣きついて匿って貰ったくせによ。お前らも真に理想に生きろ? お前に真はあったか、だろ。あんな奴を戦士とは、お前意外とあれを評価していたんだな」
「やめなよ。ユウジが言った戦士って、単なる揶揄だろ。あの糞と同じく、先読みできない甘やかされたガキだって言いたいだけだからさ」
「あんたらは甘やかされていないのかな? 見るからにいい服だ。爺さんが別人の戸籍乗っ取りでもして手に入れた生活に胡坐をかいてるんだろ?」
服装は普通だと思うが、ポロシャツ姿の奴の胸元に有名なハイブランドのロゴ刺繍があるからと、俺は煽ってみただけだ。
だが、男達は笑い声を嫌らしくあげただけで、俺の煽りに乗って来なかった。
タールを被った坂口達四名と、その近くにいた丸岡と和光、それから水を掛けてしまったは岡本は、完全にガスを吸った影響か倒れて痙攣をしている。
森と坂東はしゃがみこんで、窒息しそうな勢いで咽ている。
あとは俺への戦意を喪失どころか、状況に対応できずにおろおろしている西川と日高である。
男達は俺達が外に出られないようにしているだけで良いのだ。
俺達はこのままガスによって勝手に倒れ、死んだら俺達をどこかに運ぶだけ……死体を運ぶ?
死体の移動こそリスクがある。狩谷の父はわかる。彼の死体から狩谷真が加覧一族だってバレないために隠したのだろう。だが、皆原は? ここで勝手に死んでいたにした方が良いはずなのに、どうして皆原の遺体はどこかに連れ去られたんだ? この建物こそ、加覧一族の犯罪と関係があったのか?
俺はさらに一歩踏み出す。
「いいよ、おいで。お前ぐらい簡単だ」
「死体は饒舌だよ。お兄さん達。俺達をどこかに捨てる事こそリスク高いんじゃ無いの? ここはさあ、放免してやって、金で解決した方が楽じゃね?」
「頭が回るな。だがな、お前らは別に捨てる必要は無いから気にするな」
「いいのか? 俺達の死体が見つかったら、ここが持ち主のお前達の過去の犯罪が全部芋づる式に出てくるんじゃないのか?」
「そこは気にするな。お前は黙って死んどけ。お前らは陸の父親のことも全部知っているんだろう? お前等が物言わぬ口になってくれるほうこそありがたい」
「なあんだ。あんたらこそ本気でケツに火ぃ点いてたか。それじゃいい事教えてやるよ。ここにいないが全部を知っている奴は、あと十五人いる」
「なんだと」
敵が多勢でこちらの無勢をわかっていれば、こらえ性のない奴は必ず動く。
揺すってやれば、俺の意のままに動くのだ。
俺が出口に向かって逃げようと大きく動けば、そいつこそ俺を押さえに動く。
「今だ!!西川、日高、死にたく無かったら外に逃げろ!!」
俺は大声を上げながら、向かって来た男の足元へと飛び込む。
西川と日高は俺の号令に犬みたいに反応した。
彼らは男達の後ろに存在する出口へと、それぞれが必死に向かった。
しかし立ち塞がる二人の男に捕まえられ、殴りつけられて転がされる。
「ああ、ちくしょう!!」
叫んだのは俺を殴りかけた男だ。
俺は全てを捨て、俺こそ犬のように四つん這いとなって駆け出したのだ。
西川と日高を捨て駒にして放ってある。
俺がちゃんと逃げ出さなくてどうする。
ベリっとベニヤ板が割れる鈍い音がした。
ベニヤ板の隙間を潜るどころか、俺は外に飛び出るために狂った犬みたいに体当たりをかましたのだ。その代償に首筋や肩を削ったが、自由への逃避が叶うならば大したことじゃない。
ほら、外は煌々と白い光で照らされている。
「てめえ、戻れ!!お前も黙って死んどけや」
俺を追いかけて出て来た男は、叫んだそこで立ち止まる。
俺はとりあえずそいつが人生終了する台詞を大声で叫んだ。
「助けて!!殺される!!加覧典生がここにいるぞ!!」
陳腐だが、棒読みだったが、仕方が無い。
廃工場をぐるりと取り囲む警察官が私有地に突入するには、とりあえず敷地内にいる人間が被害受けていることと助けが必要な事を訴える必要がある。
令状があればそんなものは必要無いけどね。
うん。鹿角は絶対に令状を取ってある。
ついでに、汚れ物嫌いなあいつは、加覧一族もついでに掃除しようとしていたはずに違いない。
俺は地面に転がったまま、警察官に消防隊が一斉に廃工場へ突入していく様を眺めていた。
だって夜空の星など眺めたくとも見えない。
警察の投光器がとっても眩しくて眩しいから。
ほら、世界が真っ白じゃないか。
加覧が50年前からの指名手配犯である理由 文章が長くなるので割愛した設定です。
年代や犯罪内容も考えたけれど、逆に晴純達の世界年代が固定される弊害もあるなと思っての没です。
1970年8月の銃器店への強盗殺人→これは一九八五年に時効
1996年5月にパチンコ景品所の従業員女性が射殺された事件
目撃情報と使われた銃弾が加覧の事件と一致により加覧を犯人として指名手配
↓ ※2004年10月には25年となったが、時効15年の法の時の犯罪は遡及無し
2011年に時効の予定→2010年4月27日に時効撤廃→遡及する
↓
永遠の指名手配犯の出来上がり!!




