ここには正義など一欠けらも無いじゃないか
坂口等、俺をこの悪趣味な二次会に招待した面々は、とにかく俺をぶちのめしたいようである。男子達はマイ鉄パイプがあるのか、彼らは鉄パイプを握りしめて俺に締まりのない顔を見せつける。
「棒を握りゃイケるなんて、早漏すぎるだろ」
「てめえ!!」
俺が嘲れば、坂口と森からは三番手以下だと思っていた永田こそがいきり立った。
永田は飛び出すと、俺の脳天目掛けて鉄パイプを振り下ろす。
何かを避ける時は動きは大きくなくて良い。
ついでに俺には杖がある。
左手に握る杖で襲撃者の腹部を突く。
永田はバランスを崩し、鉄パイプは俺を素通りした代りに鉄製の橋げた(自動車専用リフトだったもの)を強かに叩いた。
「うぐ」
永田は鉄パイプを打ち付けた姿勢のまま硬直する。
両腕に全力で振るった打撃の全衝撃が響いたのだろう。
俺は、ざまあ、と余裕の顔を見せる。
だが、ギリギリだった。
相手の武器は鉄パイプなのだ。
当たったら普通に死ぬわ。
俺は第二打を繰り出される前にと、右手首を軽くしならせる。
「ぎゃあ」
スマホを出し入れする時に握っていた武器を、永田に向けて振るっただけだ。
ぶんと遠心力で勢いづいたそれは、攻撃力を増して永田の顔にぶち当たり、永田は勢いよく俺の前から吹っ飛んだ。
「うわっ」
「畜生!!」
ガラララン。
鉄パイプがコンクリの床に落ちた音が廃工場内で響いた。
意識を失った永田の体は誰も受け止めず、しかし永田の体の直撃を受けた日高が仲良く転がっている。
俺の新武器は兵頭がウキウキで製作してくれた特別製だが、あの施設職員の汚い靴下製のものとは段違いの威力に俺の方が驚いていた。
兵頭さん、生ストッキングと網タイツの二重奏がいい味出し過ぎだよ。
「お前!!何しやがる!!」
「お前らこそ何しやがるだよ!!」
森の罵りへの言い返しだが、全くもって格好の付かないものだった。だが、脊髄反射での言い返しなどこんなものである。アンリだって、とにかく大声は威嚇できるから出して行けって言ってた。
だからこれでいい。
俺は進撃していくだけであるのだ。
俺は右手首を再び大きく振る。
ぶんぶんと。
多勢に無勢の時は、敵を小分けにしての各個撃破が定石だが、己を大いなる脅威に見せて二の足を踏ませる精神攻撃だって有効策だ。
俺は、とりあえずこの群れで一番目立つ坂口に、狙いを付けた。
そして坂口は俺の意図がわかった。
ただし、俺を迎え撃とうとするどころか、俺からどころか仲間の輪からも後退る。
俺の武器で永田が体ごと吹っ飛ばされたところを見たばかりだ。
俺の武器の有効範囲から逃れようとの魂胆だろう。
「そんなもの、無効化なんか簡単なんだよ」
坂口は床へと手を伸ばし、拾ったものを俺に向かって投げた。
それは俺の額に当たり、俺の額に小さな傷を作る。
つつっと、赤い雫が俺の顔を額から顎へとひと筋の線を描いた。
けれどこれは坂口が意図した結果ではないだろう。
彼は俺が石を受けた痛みで、うずくまって呻くなど、無力化することを想定したはずだ。それなのに逆に俺が小石を額に受けようと全く揺るがなかったことで、坂口含めた仲間達が俺に更なる恐怖を抱いた。
世界は沈黙ばかりとなり、俺の武器が立てる音ばかりが響いている。
当たり前だ。
石をぶつけられると分かっていて避けない人間はいないし、俺は自分に向かってくる拳や石礫、そして靴下石鹸の軌跡など、見慣れすぎているのだ。
どうすれば効果的な怪我を負う事が出来るのだろうか。
俺はもうその域だ。
だから拓海は俺を切ったのだ。
拓海の為に俺が自分を傷つけるのは辛すぎるから、と。
「どうしたんだよ。俺は覚悟済なんだよ。誰かを傷つければその痛みは自分にも返ってくる。そんなん当たり前で、お前らが投げた小石程度で誰が怯むか!!」
俺は強く一歩を踏み出す。
そしてしっかりと両足で立つ。
「あいつ、歩ける?」
「杖無し? 嘘だった?」
「騙された」
周囲が騒めき出す。
俺の足は確かに走ったりできないが、お前らに見せていたほどの状態では無いからな。
「この、この嘘吐きのくそ野郎。お、お前は何が目的なんだ」
「追体験」
「何が」
「皆原翼。狩谷真。この両名をお前らがここで殺したことについて」
ひゅっと誰かが息を飲んだ。
そして誰かが呟いた、違う、と。
その声は小さかったが、全員の目がその人物へと集まった。
彼女は胸の前で拳にした右手首を左手で掴んでいて、これからHRで大事な発言をするという風であった。
「聞こうか。丸岡」
「蒲生君。勘違いだよ。殺してない。あたしたちは殺していない」
「あや。そうだよね。そうだよ。蒲生君。私達は誰も殺していないよ」
和光という女子が丸岡の体に腕を回し、俺を睨む。
真っ直ぐすぎる視線に、本気で誰も殺していないと俺こそ信じそうになる。
だが、彼女達の隣にいた坂東が全てを台無しにした。
「動かなくなっても次の日には消えてたんだ。生きて逃げたってこと」
「え?」
「ゲームと違って死体が消えるなんてあるわけないだろ? だからさ、あいつらは生きていたの。それでいなくなった。そ、それに俺達がやったのはお仕置きだよ。皆原は狩谷の親父を殺しただろ? 狩谷の親父は自殺と見せかけて生きてたんだろ? 正義だよ」
「俺へのリンチもか?」
「お前は裏口だろう!!仕置きが必要なんだよ!!」
岡本ががなり立てる。
確かに裏口だね。
だけどなんと新事実。
こいつらは正義感で人殺しをしていたと?
それでもって、死体が消えていたから殺人などしていない、そう考えているのか?
「お前ら、それ本気? 仕置きってお前らは神かなんかかよ」
俺は嘲りの表情で坂口へと視線を戻す。
坂口は坂東達の物言いとは違う、別の見解がある顔付をしていた。
同クラの奴らがのたまう事と違い、自分達の行いに一片の正義など無いことを知っている、居心地の悪い顔だ。
そして坂口を見つめた事で、坂口の後ろにさび付いたドラム缶群? が並んでいる事に俺は気が付いた。
消えた死体。どこに隠した? あれはその答えか?
「お前だけは死体作りが楽しいからしているって顔だぞ、坂口。死体のありかもお前は知ってそうだな。なあ、教えてくれよ」
坂口は、吐き捨てた。
「久我山に聞けよ」
「その後ろのドラム缶に聞いた方が早そうでもあるな」
「じゃあお前が聞けよ!!」
ガガガン!!
――グワシャ。
「っつ!!」
「ぎゃああ」
「きゃあ」
坂口は俺に憤ったそのまま、鉄パイプを彼の後ろのドラム缶に叩きつけたのだ。
錆びたドラム缶はその衝撃に破裂し、真っ黒なタールを周囲にまき散らした。
坂口は勿論、坂口の周囲にいた重信と大道寺、そして奥平もタールの洗礼を受けて悲鳴を上げてしゃがみこむ。
黒いタールは恐らくも何も、硫酸ピッチ、だよなあ。
違法軽油を作った時の副産物で、強酸性の危険物質だ。
「いたああああい。顔が、痛い、痛いいい」
「焼けるうう。痛いい。水、水を、流してえええ」
「あ、水ね、いま、今すぐに!!」
「丸岡、待て。救急車が先だ!!」
硫酸ピッチに水を掛けるな!!
しかし俺の制止を俺を嫌う彼らが聞くわけもなく、丸岡以外の誰かがペットボトルの水を坂口達に振りかけてしまった。
ボシュン。
「がふ、がふう」
「ゲホ、のどが、めが、痛い。いたいいいい」
バタバタと子供達が地面に伏して行く。
俺は袖口で鼻と口を押さえ、叫ぶ。
「亜硫酸ガスだ。動ける奴はまず外に出ろ。べニアを外せるところは外せ。その後は、その後はとにかく消防に連絡しろ!!」
ベリっ。
ベニヤ板が破れた音にホッとして見れば、三十代半ばから二十代後半の男性三人が入って来たところであった。
俺は彼らを目にしたそこで、積極的に意識を手放したくなった。
助かったと思ったからではない。
入って来た男達の顔を見て、どうしてここで殺された狩谷の父や皆原の死体が消えていたのか、しっかりと理解してしまったからだ。
奴らは極左テロ組織の構成員で強盗殺人を犯し、五十年前からの指名手配犯である、加覧典生にそっくりなのだ。




