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俺達の状況開始はヒトサンマルゴに

 晴純に脅えが戻ったのは悪い兆候だ。

 そこで彼が余計なことを考えて更なる不安に陥らないように、仕事を与えて動かせ続けることに決めた。

 また、その仕事こそ、今日のあいつらを「ざまあ」してやれる布石であると言い聞かせたのならば、彼は嬉々として俺の言う通りに動き出した。


 晴純に与えた仕事は三つ。


 一つ目は、市村のスマートフォンを操作して、上杉先生のスマートフォンに谷繁のメッセージを市村が送ったようにして転送しろ。


 二つ目は、谷繁のスマートフォンの中身を探れ。


 そして三つ目は、谷繁を見張れ、だ。


 一つ目は無事に完了。

 市村のスマートフォンには上杉からの返信があり、そこは市村に気付かれないように既読にして別の人間のメッセージを送ることで隠した。

 もちろん、二つ目のクエストを終了できた晴純には簡単にできた、市村が恋しているらしい谷繁からのメッセージだ。


 凄いな。

 谷繁は今度の金曜日には夕飯を一緒に食べようと誘っているぞ、市村じゃない女性に。


 けれど、その宛先を晴純が市村宛てに書き換えて送り直したのだから、谷繁が指定した店に姿を現すのは、彼が会いたい女性と市村の二人であろう。


 ちなみに谷繁のスマートフォンから彼が付き合っているらしき女性のアドレスを晴純のスマートフォンにも送らせたのだから、俺達はこの女性にも探りを入れて谷繁を追い詰める事も出来るだろう。

 いや、探らなくとも谷繁が勝手に自滅するだけかな。

 市村と谷繁のメッセージログは手に入れてあるのだから、それを丸ごと相手女性に送りつけてやればいいだけなのだから。


 さて三つ目のクエストは、本日の俺への襲撃の決行時間まで晴純を拘束してしまうが、意外にも晴純は谷繁の監視を嬉々として行っていた。

 お陰で俺こそ谷繁という若者を晴純の目を通して観察することができたが、彼が子供達にあだ名をつけられて軽んじられている理由が良く分かった。


 自分に甘く自分自身に酔っている理想主義者でしかないからだ。


 子供達に対して同世代の友人のように振舞うが、同世代の仲間でない限りその行為は子供におべんちゃらを使う浅はかな大人にしか見えず、さらには子供達のパーソナルスペースに侵入してくるウザい人間にしかならない。


 たった一時間の授業だけでも、何度も何度も自分の信条をアピールして来るその小煩さ。


 誰にでも優しく、どんな人間も色眼鏡で見ない。


 真っ当な信条であろうが、それを掲げる人間の内側が甘いだけで腐っていれば、そんな人間の周囲は不都合極まりない環境に落とされるだけだと、俺は晴純の目を通してウンザリとしながら谷繁を見つめていた。


「悪いな。馬鹿の見守りはうんざりだろ?」


「ふふ。谷繁に助けてもらえなくて落ち込んでいたけど、あんな奴に感謝なんてすることにならなくて良かったって思ったからいいよ。」


「確かに、あんな奴、だな。」


 谷繁がメッセージを頻繁に送る相手は、最近付き合いだした恋人だけではなく、晴純の自殺を招いた張本人の北沢であったのだ。

 谷繁は北沢に対して、自分は北沢が誤解されやすい事を知っている、などと晴純への行為を聞いていながら北沢を慰めるような文言を送っていたのである。


 君達が蒲生君をクラスに馴染ませようと心砕いていたのは理解している。

 調べたら蒲生君には自傷行為を繰り返すところがあったよ。

 困った子でも仲よくしようとする君達は素晴らしい事だと思うよ。


 前言を撤回する。

 谷繁は理想主義ではなく、内側が腐っているわけでもなく、見たいものしか見る事が出来ない、単なる間抜けだ。

 これぞ、無能な働き者。

 最初に前線で始末してしまいたくなる自軍の膿だ。


「今日の十三時十分に始末されるのは、谷繁なんだね。」


「さあて。」


 俺達は十三時に想いを馳せ、互いに口角を上げて、にんまりと微笑んでいた事だろう。

 さて、そこで授業終了のベルが鳴った。

 すると、谷繁は北沢の机へと足を運び、登校した自分の生徒の晴純にはかけなかった言葉をかけたのである。


 北沢は白人の母親と日本人の父親のハーフであるらしいが、誰もが思い浮かべるハーフという外見ではなかった。

 髪も瞳も明るい色どころか、何処から見ても日本人の大多数の黒髪と黒い瞳だ。

 大きな二重の目元が彫りが深いと言えるのかもしれないが、太い眉毛にぼさぼさのまつ毛に縁どられた目元は華やかさなどなく暑苦しいだけである。


 しかし、本日のその暑苦しいだけの地味な顔はかなり目立っていた。

 左頬に大きな白いガーゼが貼られていたからである。


「酷い顔だな。大丈夫か?また北沢さんが?」


「大丈夫です。」


「カウンセリングを受けるか?北沢さんは少しばかり意固地な所があるからね。わかっているよ、彼が難しい人だって事は。」


「だい、大丈夫です。親父に殴られるのは初めてじゃないし。それに、俺が相談したせいで親父が職を失ったら俺が困るじゃん。」


 谷繁は北沢の肩に手を置き、君はいい子だね、なんて言った。

 俺はそこで北沢の父親を探るべきだと考えた。

 親に虐待された子供が他の子供を虐待するなんてよくあることだ。

 北沢が親に虐待を受けているのだとしたら、彼の処分はその親の手に任せてはどうだろうか、と。


「ところで、掃除の時間は蒲生と話せるようにしたよ。今泉と林田は保健室の前で騒いでいたらしいからね、彼らは誘わない方がいいよ。」


「もちろんですよ。誤解を解きたいだけですから、俺は!」


「あ~北沢一人でいいのか。お前帰って来いよ。自習がうざいからお前が自分に戻ってやってくれないか。」


「くすくす。了解です。」

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