報連相が終わった今、カラス達は幾重にも輪になって梟を囲んだ
「新しいクラスメイトとの出会いを祝して!!」
坂口が炭酸の入った紙コップを掲げると、彼に付き合うようにして数人も同じようにして紙コップを掲げた。
俺は呼び出しに素直に応じ、自分の処刑の前座祭に付き合っている。
いや、見た感じ普通の転校生歓迎会でしかないんだけどね。
だけどさ、ちょっと違和感仕事させようよ。
俺は君達に対して、敵愾心しか煽ってない。そんな俺に急にフレンドリーに近づいて、歓迎会においでと声をかけたら、俺が受けるとどうして思った?
普通は警戒するよ。こんな誘いを受ける人間などいないよ。
狙っていた俺以外は。
だからか、俺が放課後に歓迎会に行くと伝えた時の三角は、それはもう、俺を氷点下な視線で見下してくれたと思い出す。狐顔のまじ睨み怖え。
「事件は全て解決したんだけど?」
ごもっともである。
最初に補導した三人と頂き女子二名によって、皆原失踪事件は簡単に全貌が白日の下に晒された、ということだ。
反吐の出る話だが、こんな内容だ。
子供達は正義感(八割憂さ晴らし)で皆原の父親を殺した男をリンチにかけた。
もちろん、最後の止めは皆原だ。
しかし皆原の人間性は善人のため、彼は警察に出頭しようとした。
そこで彼らは皆原を責め苛み始め、終には彼を殺してしまった。
死体はどうするのかという問題でどうして皆原誘拐事件をでっち上げたのかわからないが、とにかく子供達は皆原の狂言誘拐を企てた。
母親は皆原の為に一千万用意して、だがしかし、金のやり取りの段階で当たり前だが相手が子供達だと知って揉めた。それで殺された。
そういう事件だったのだ。
夏休みだったからいけないんだ、と子供の一人が言ったか言わなかったか。
皆原の遺体はまだ発見されていないが、事件は警察が解決していたのだ。
今朝のニュースとなった青葉君の補導が昨日だったのは、子供達の証言から証拠固めの時間が警察側に必要だっただけである。
仲間に売られてドナドナされただけなのが悲しいね。
弱い、東京の子弱かった。
もっとこう、仲間を思いやって言えないよって奴無いのかよ。
「だから、本当はこれから全員しょっ引いて終わりなの。なのにどうして君はまだ頭を突っ込んで、警察にストップまでかけてきたのかな?」
「皆原がまだ見つかってねえし」
「相手は殺しを覚えた子供達だよ。もう大人が何とかしなきゃいけない段階なの。わざわざ君が危険に身を投じなくていいの。君はさ、俺達の有能さこそ疑えよ?」
「え、無能だったの?」
「ちがいます。俺達が動けばどんな事件も瞬殺です。今回はうちの大将が我儘しちゃっただけだよ。職権乱用。晴君が望んでくれたら、自分が晴君の養親になれる。頑張るそ。晴君に素直に一緒に住んでもらうには、そうだ、中二病が喜びそうな指令を与えよう」
三角は言葉を切り、俺を真っ直ぐに見つめた。
藤と同じく、なんだか兄が弟を思いやる視線みたいで、なんだかむずむずする。
「あの」
「ほら、これあげるから。今日はまっすぐ帰りなさい」
三角が俺の手に握らせたのは、かばやき、と書いてあるのしタラである。
俺は駄菓子は黙って受け取ってポケットに入れたが、三角には首を横に振った。
だがしかし、だ。
「承服できません。俺は仕事で来た人なので、完遂して帰ります」
「君は帰りたいんだ?」
俺こそ三角を真っ直ぐに見つめ返した。
珍しく目に力を込めたので、網膜がぴしっと張りつめて痛い。
学会だったら会えるかもと赤坂のホテルへ期待を込めて行ったのに、拓海は学会に参加していなかった。
その代わり、拓海の個人秘書が俺を待っていた。
ルビー色に輝く長い髪をなびかせ、ショッキングピンクのスーツを着こなす物凄い美人は、兵頭若菜さんしかいない。
彼女は祥鳳大学の創始者一族の人であり、だからか大学の利となる者には目敏い。様々な特許を取って特許富豪となっている拓海には、命を懸けてサポートしているというゴッドマザーぶりなのである。
拓海の所にいた時の俺に対しても、彼女は我が子同然に扱ってくれた。ただし、恐ろしいことに、彼女は教育ママであった。
彼女は俺を、祥鳳大学では一番ぱっとしない理工学部の最年少教授として添えようと企んでいるのだ。アンリを構築した事を彼女に自慢したばっかりに!!
「ひさしぶり、晴純君。ちゃんと食べているかしら」
「拓海先生は、あの、会えますか?」
兵頭は微かに微笑み、首を横に振った。
拓海はとても頑固者で、自分で決めた事を覆しはしない。
彼は俺が彼の子供であろうとして己を傷つけるのであれば、自分は俺の親となることを諦めるし、俺と二度と会わないと言ったのだ。
「燃え尽き症候群かな。体に力が入らなくなって、寝たきりになっちゃったの」
「はい? 仕事したくないよって布団に籠っているんじゃなくて?」
「そんなことしたら、二度とメス握れなくなるように指を折るって脅すわよ。今回のは本当に自分でもわからないみたい。体に力が入らないんですって」
「どうし」
どうしてと言おうとして、俺は押し黙った。
彼は俺を拒絶した事で自分の心を殺したのだ。
そうだ、絶対にそうだ。
馬鹿止めろ俺、何を喜んでいるんだ。
「晴純君。私もあなたが戻れるように動いて」
「亮さんをお願いします。俺は梟だから帰りたいときに帰るし、狩りたい時に狩りをする生き物なんです。怪我も狩りにはつきものです。それで、今は狩らなきゃいけないカラスいるんで。ええと。会いたかったら会いにこい。俺は仕事中だ。って伝えてくれませんか?」
兵頭は俺を無言で数秒見つめた後、俺の頭を撫で、次に俺を抱き締めた。
とっても色っぽい声を出しながら。
「晴純君って、かっわいいわああ。いい子お。伝える。お姉さん絶対に伝えるから。頑張ってね。あなたの言葉で絶対先生復活できると思うわ」
「喜んでいただけて。で、あの、」
俺と兵頭は、権威ある医師ばかりが集まっている会場前のホールにいるのである。
こんな場所で兵頭と抱き合っている場合ではない。
求めても与えられなかった温もりを、母がわりに与えてくれる人だとしても。
「兵頭さん、恥ずい、です」
「じゃ、ホテルの私の部屋に行きましょうか」
「え」
「晴純君。帰ってこい」
「あ」
俺は三角に何か言う予定だったと思い出した。
三角は俺の右の目尻を親指で少々乱暴に拭い、行って来い、と言った。
「俺は」
「言うな。帰る家なんかいくつあっても構わないんだ。終わりな台詞は言うな。泣いちゃうくらい俺達が好きなんだろ。言うな」
「どもです。行ってきます」
そうしての今だと、俺は自分のために集まってくれたカラス達を見回した。
周囲と溶け合い同じ動きをする、個体差が見えない十八人。
狩谷は勿論いるわけ無い。久我山を含めた九名は別動隊と見るべきか。
さて。
俺はポケットの中に右手を突っ込み、硬い感触を手の平で掴む。
カラスがゴミを荒らすのは生きる為だろ。
フクロウが狩りをするのも生きる為なんだよ。
さあ恨むな、狩るぞ。




