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相談その三 俺ってハードワーカーだと思うんです

日は沈みまた昇る。

明けない夜は無いとか、適当に恰好良く聞こえる中二病的フレーズを並べたが、あるいはそのせいか、俺は起きて学校に行きたくなくなった。


たった二日で事件解明のための道筋を付けたよ。

そこで余計な行方不明死体案件まで掘っちゃったよ。

隠されていた殺人事件らしきものも聞いちゃった。


狩谷よ、父親が身代わり殺人らしきことをしてたなんて、そんな事をぺらっと告白すんじゃねえよ。俺が知りたいのは、皆原がクラスの財布にされたきっかけだ。

格好つけて、誰を殺したんだ、なんて言っちゃった俺に忖度いらねえええ。

素直に答えんな、馬鹿野郎。


「晴君起きよう。起きないと布団を引っぺがすぞ」


「……怒り声じゃなくてルンルン声で言われた場合の方が、なんかすっげ脅迫されている気がするのはなぜでしょう」


俺は素直に布団を剥いで起き上がったが、どうして俺を起こしに来た男はつまらなそうな顔をしているのだろう。俺から布団を引っぺがしたかった?

本気で親子ごっこがしたいとは。

だが、断る。


「だし巻き卵は好きかな。オムレツの方が良ければ作るよ」


「そこは、せっかく作っただし巻き卵が冷めるだろう。一分以内に服を着てキッチンに来い。でお願いします」


「でって、えっと」


鹿角でも戸惑うんだ。

俺は難攻不落の男をグダグダにできた戦果で自信を持つと、完全にベッドから出て身繕いを始める。


凄いよな。

着換えは毎日洗濯されて畳まれたものがセットされていて、朝も夜も、そして昼用の弁当も完璧すぎるものが用意されてる。部屋など、俺が何日滞在するのかわからないのに、安物じゃ無い家具が揃っていた。それだけでなく、机や本棚には中坊が絶対に手を出さないであろう図鑑や辞書が詰まっているのだ。


「急に動きを止めたけど、どうした?」


「鹿角さんの子供の頃は、こういう本ばかり読んでいたんですか?」


「いや。無駄になっても子供にはアカデミックな環境を与えるべきだって母は懇意にしている本屋に言われてね、そこの本屋に私の棚を作ってもらったそうなんだ。良い話だと思ったので、私も同じ様に君への本棚を作ってみた」


「親子二代でいいカモになってるな」


「酷いな、君は」


「だってさ。俺がいつまでいるかわからないのに、一体どれだけ散財してるの。本でも一緒に買いに行こうか。それで良かったんじゃないの?」


鹿角はにこぉと、俺の背筋が寒くなるぐらいの笑顔になりやがった。

それでもって、俺って本気で浅はかだなって、彼は思い知らせてくれたのだ。


「今日の帰りは本屋に行こう。欲しいものは何でも買ってあげるよ」


「……。ありがとうございます。ところでだし巻きが冷めないうちに台所に行きたく存じますので、お部屋出てって下されませ」


鹿角は、ハハハ、と声を出して笑いながら出て行った。

SAN値ガリガリ削られるわ。


疲れた俺はぼーとしたまま本棚の背表紙を読みながら着換えていたようで、鹿角が待つキッチンに入った時には専門書を一冊抱えていた。


「それは、今日は本屋に行きたくないという意思表示か?」


「情けない声出すな。小遣いで買うにはマニアック過ぎて二の足踏んでたゲーム設定集本を買って貰うつもりだから安心しろ。たださ、この恐竜の学名辞典、これ面白いわ。ありがとな」


「どういたしまして。ただね、本は食事中は禁止だ。閉じなさい」


「ぷ、ぷぷぷ」


「どうした? 晴純君」


「だってさ。なんでそんな嬉しそうな顔で注意しているの」


「たぶん。嬉しいんだろうな」


「もう一度恋をして、もう一度、今度は本当の自分の子供を手に入れようと考えないんですか? あなたはまだ三十代のはじめでしょう」


鹿角は情けなさそうに笑い声をあげた。

俺は踏み込み過ぎたか。彼は十年前に亡くした恋人の志穂里さんとその連れ子の颯来君への気持を忘れられないというのに。


「アプローチが多すぎて、女性がもうどうでもよくなってしまってね。恋するどころかみんな同じに見えるというか。大体子供が私に似てたら、私は子供が可愛いと思えないと思う」


俺はつい颯来君を想って、心の中で泣いてしまった。

どうして死んじゃったの。

君がいないせいで俺が面倒な男に執着されちゃったじゃないか、と。


「晴君。真面目な話に戻すが、君が久我山秋友と昨夜接触を持ったのはどんな目的があったのかな」


俺は鹿角から見せてもらった身上書で、皆原と久我山が同じ塾を利用しており、駅一つだけ隔てた隣接した住居地に住んでいた事を知った。そこで俺は敵の生活環境を暴けというアンリの教えに従って、二人が利用していた塾や二人の家を見に行ったのである。鹿角に車を出させて。


当初の俺としても車から眺めるだけで、降りて接触するつもりはなかったのだ。

ではなぜと言えば、単位俺が久我山から目が離せなくなっただけなのだ。


夜中の九時まで小学生達が塾で勉強していることにも驚きだが、中学生の久我山がそこに居ることも違和感だった。確かに塾看板には個別指導でも中高も対応らしき記載があるけどね。だけどさ、実際は小学生ばかりじゃないか。

気に入った講師がいるのかもしれないし、俺こそ気に入った居場所をなかなか変えないだろうから理解はできるのだけど、第三者視点だからこそ気になった。


そしてさらに俺が久我山に感傷してしまったのは、親が子供を車で次々迎えに来る風景の中で、久我山一人が駅に向かって歩いていく、そこだ。


耳にはスマートフォンを当てて誰かと話しているようであるが、俺のアンリの報告によれば「誰とも通話していない状態」である。


「特に何も。俺は声をかけたかった。どの子も親が迎えに来るのに、自分だけは親の迎えが無い。あれはきついよなって、俺は思い出してしまって」


鹿角は俺の言葉に頷き、だが容赦ない視線をむけてその続きを促した。

ここは拓海と似ている。拓海は俺の気持を思いやりながらも、医者という探究者として探れるところは容赦なく探って来るのだ。


だが、拓海は俺の言葉が途切れれば待つ。ずっと待つ。

一方鹿角は、とってもこらえ性がない。


「ホシとシンクロできたからこそ、君はちゃんと揺らして来たんだね」


「当たり前でしょう。本当に耳を傾けるべきは、声を上げることができない被害者達の慟哭ですから」


だから、今日は嫌でも学校に行って、とりあえずカラスに共食いを仕掛ける。

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