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相談その二 俺は今でも何もしていない

秋友は塾のエントランスを出たところで、鞄からスマートフォンを取り出した。


親に連絡する訳ではない。

連絡しても親が迎えに来るはずなど無いからだ。


通話している振りをしながら駅に向かうだけである。


通話している人間は襲われないからと、親はテレビで見たらしい情報を信じ、秋友が無事に帰宅できるためにと習慣づけさせたのだ。


「親が子供を迎えに来ればいいだけの話なのにな」


秋友が祥鳳大学に進むことを望んでいるのは両親ではなく、母親だけである。

父親はその時その時の学力で自分に合った学校に進学するべきという主張で、母親は時代的に中高一貫ばかりで高校受験をしている学校が少なくなっているからと秋友に中学受験を強いたのだ。


よって塾代や学費で貯蓄も出来ないと両親は不満を言い合い、自分の意思を無視しての秋友の進学なのだからと父親は秋友の受験勉強には一切手を貸さない。

そして秋友の生活ルーティンを決めた母親こそ、教育費の為にハードワークをしているからと秋友を塾に迎えに来たことなどない。


小学校の時は同級生の車に乗せて貰えた。

しかし秋友だけが祥鳳大付属に受かると、秋友を車に乗せてくれる家庭は一つも無くなった。

だから、今日も秋友は一人で帰る。


だけど、今日はいつもと違って心の中がざわつくばかりだった。


呪われている。


「誰が呪われている、だよ」


秋友はスマートフォンを耳から外し、そのまま鞄のポケットに放り込んだ。

母親からの言いつけを守ってスマートフォンで通話をしている振りをしている、それこそ蒲生が言い放った呪いそのものに思えたからだ。


呪いと言ってもお化けを想像して怖くなった、ではない。


親に呪縛されていると嘲られたと、無性に恥ずかしく悔しくなったのだ。


「何になりたくて祥鳳大学を目指すんだ? 知るかよ。まずは祥鳳大学付属麻布中を目指せと勉強漬けにされたんだ。荒れた公立中なんて行ったらいじめや暴力を受けるだけよってな」


秋友は足を止め、塾へと振り返った。

かなり離れているが、子供を迎えに来た親と親の横に並ぶ子供の顔は見えた。



「久我山君もこの塾だったんだ」



秋友の脳裏に皆原の声が蘇った。

秋友と違い塾の近くに自宅があり、それで皆原も親の迎えが無い子供だった。


「君もスマートフォンで通話するフリとかしてんの?」


「いや。数分ごとにメッセが来る。今どこ? あとどのぐらい? 自分が都市伝説のお化けになったみたいだよ。今母さんの真後ろにいるよってさ」


秋友は自分の作り笑いにヒビが入った気がした。

母親は彼にメッセをいくつも送って来るが、皆原の母のように帰宅を心配してのメッセは一度も無かったと思い当たったからである。



だから、だから、皆原の父が亡くなった時はざまあと思った。


聞いてもいないのに聞かせられるホカホカ家族の話が、今後は不幸いっぱいの物語になるんだな。

お前の母親も父親がいない分ハードワーカーとなり、今までみたいに子供を心配するメッセなど送って来なくなるだろう。


秋友の想像通りに母親は働きに出たが、それから半年経っても、父親の死から一年経っても、皆原の母は変わらなかった。

皆原も変わらなかった。



「秋友君。うちの車で送ろうか。今日は母さんが車で迎えに来たんだ」


「珍しいね」


「うん。今日は迎えに行けそうだからって、来たみたい」


「そうか。俺はちょっと約束あるから。ありがとう」


「うん。それじゃあ」



青葉から変な浮浪者がいると聞いたのはその二日後だった。

浮浪者は青葉に対し、リク、と呼び掛けたそうだ。

そうして青葉がその浮浪者に振り返ると、その浮浪者は脱兎のごとく逃げ出した、というでは無いか。


「おかしいね。皆原の父親を殺した男は狩谷の親父だろ。自殺してたんじゃなかったっけ?」


「狩谷の父親が皆原の親父を殺したのか? よく知ってるね」


「皆原が言ってた。誰もが不幸になった痛ましい事故だったって。同じ学校でも辛いのに三年で同じクラスになっただろ。大丈夫って聞いた時の答え」


「わあ。皆原は聖人だねえ」


「それなのに生きていたのか。身代わりとか作ってたら、殺人じゃね」


「あ、そうか。そうだな」


その日の塾帰りの時間、秋友のスマートフォンには青葉からの着電があった。


「発見したよ。ちょっとキモいからボコッたんだ。ちょうど板倉達がいたからさ、一緒に。そしたら、動かなくなっちゃって。ハハハ。ちょっとどうしようかなって。ねえ、どうしよう」


青葉の言葉は興奮で震えていたが、その声がいつもよりも甲高いことで青葉がかなり混乱しているのが手に取るようにわかった。秋友は青葉にすぐに行くと伝え、彼の隣に並んでいた皆原に声をかけた。


「君の父親を殺した奴が生きている。事情を聞きに行かないか?」



秋友はぎゅうと手の平を握った。

彼は鉄パイプなど握っていない。

ただ全てを見ていただけだ。


「君の親は迎えに来ないの?」


秋友の足がぴたりと止まる。

黒いフードパーカー姿。

頭はすっぽりフードで隠し、頭を下げている少年がそこに居た。


「みな、は」


言葉は無理矢理のみ込んだ。

いるわけはない。花火で頭を焼かれ、頭髪どころか眉毛まで消え去った、奴がいるわけはない。あいつは動かなくなって、そして、あいつが殺した男と同じようにして消えたんだ。

秋友は怯んだ自分を罵ると、幽霊ではないはずの実体を睨む。

杖に体重をかけた様にして立つあれは、蒲生だろうが、と。


「お前は俺のストーカーかよ」


蒲生は顔を上げた。

大きく見える双眸はらんらんと輝き、その目に射抜かれた瞬間、秋友は何故か背中がゾクッとした。


「蒲生」

「カラスはフィンチ、スズメ目でしか無いって知っているかな」


「蒲生?」


「タカはタカ目。フクロウはフクロウ目。そしてカラスはどんなに賢くて残酷だろうと、スズメ目のカラスでしか無いんだよ」


「で、お前はタカか? お前よりも俺が下だとわざわざ言いに来たのか」


「賢いなら、賢いなりに上手く立ち回れと言いに来た。君は分かってんだろ? 皆原の捜索によって君達の罪が暴かれるってことに」


秋友は、気が抜けた、という風にワハハと笑った。

そうか、蒲生は俺をご学友に決めたというわけか。

クラス全部を裏切って自分に媚を売れと言いに来たのだ。


秋友の頭は昨年から今までの事、特に皆原が行方不明となったその日まで記憶を総ざらいし、自分は全て知っているが全てに関わっていないとも言えると結論付けた。


俺の言葉に影響されて? だから俺のせいだと言われたら?

大人が良く使っている魔法の言葉だってある。


そんなつもりなかった。


「心外だな。ああ、心外だよ。俺こそ皆原の不在を心配しているって言うのに」


秋友は塾の方へと顎をしゃくって見せた。

あそこに確認してみろ、と。


「俺と皆原は塾帰りはいつも一緒という間柄だったんだよ」

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