相談その一 君も親には苦労するね
「皆原は誰を殺したんだ?」
俺は狩谷と二人きりに近い状況になれたことで、彼に聞きたかったことを直球で聞いてしまっていた。全部東京の気候が悪い。考える脳みそが暑さで駄目になったんだよ、きっと。
だが直球過ぎたことが功を奏したか、狩谷はうぐっと言葉に詰まった。
真実を俺が知っているからと俺を殺しに動かないのはありがたいけどさ、すぐに電車来るからさっさと話が聞きたいんだけどな。えっと。
「俺の父だ」
電車がまだで良かった。
俺の驚きの顔が電車のガラスに映っていたらやばかった。
俺は全部知っているで、奴を喰わねばいけないのだ。
「――それで、皆原がクラスの財布に成り下がったことについて、君の溜飲も下がったかな」
「何も知らないで」
狩谷は動いた。
俺は突き飛ばされた場合を考えながらも、必死に動くまいと堪えた。
狩谷は俺の横に立ち、俺を見下す。
俺は、余裕そうで偉そうな目つきで奴を見返す。
「本当は、お前は何も知らないんだな」
「違う。何もわからない、だ。理解できないよ、お前らの行動理由が。だからお前らの言葉で聞きたかっただけだ」
「単なる野次馬か?」
「いいや」
俺は狩谷から視線を逸らし、地下鉄の線路を眺めた。
明りのあるホームではそこにあると見えるが、ホームの先のトンネルになれば暗闇に溶けて見えなくなってしまう線路。
田舎者の俺には次の駅名さえもそらんじられやしない。
「俺は子供になりたい。誰もが欲しがる子供になりたい。だからお前達を知りたいんだよ。どうやったら普通の子供になれるんだろうかってね」
「普通の子供こそ誰も欲しがらないよ。親なんか自分のことばかりだ。深夜まで仕事してくれたのは俺達のため、それは分かるよ。だけど、救急車に車をぶつけて人を殺して、それで逃げるってどういうことだよ。身代わりを作って、自分一人逃げ出すってどういうことだよ」
「その逃げた親父さんと皆原はどこで出会うんだ?」
「――身代わりにした奴では、父は以前の暮らしが出来なかった。腐って飲んで、俺に小遣いをせびりに来た。自分の保険金で学校だって通っているんだろってさ。人間てどこまでも堕ちるんだね」
「電車が来ます。黄色のラインまでお下がりください」
アナウンスのすぐ後に地下鉄は到着してドアが開いたが、昼日中だから乗り降りする者どころか俺にガラガラの車両内部を見せただけだった。
俺が乗ったら狩谷も乗るか?
俺は車内へと足を運ぶ。
そして狩谷に振り返らずに、さらに一歩前に。
「父は俺と間違えて青葉に声をかけ、その夜に死んだ」
俺はすぐに振り返った。
電車の扉が閉まった所だった。
ホームドアも連動して閉まる。
俺を見つめていた狩谷は全てが閉まった後、踵を変えて駅階段へと去っていった。
俺はスマートフォンを引き出して、俺よりも気が利くどころか世界を知っているAIからの情報があるはずだと画面を見た。
暴行傷害による死亡事件は八件。
狩谷真と見られる遺体発見は無し。
流石俺が構築したアンリは凄いよ。
俺を助けてくれた英雄の魂が籠っている俺に信じさせるぐらいに、人間と同じぐらいに考え、殆ど神様のようにしてネットにある情報全て一瞬で分析できるのだ。
でも、人間がするみたいな気遣いも欲しいものだと思う。
何でもかんでも真実を突きつけて来ないで欲しいよ。
「くっそ。探さにゃならん死体が増えちまった!!」
地下鉄が目的の駅に着けば、俺は敗残者のような気持ちになりながら席を立った。
ここまで来るのに二回は乗り換えが必要で、俺の身心は擦れ切れていた。
さあようやく目的地だ、頑張れ俺。
よろよろと俺は動き出す。
再びあの熱波地獄に身を置く事にうんざりしながら歩を進める。
「俺なんか門前払いだろうけどさ、わざわざ藤さんが教えてくれたんだし」
俺の早退は、皆原全く関係なく、本気で俺の私的理由だけである。
赤坂のホテルで脳外科医の学会が開催されている。
そこに世界的権威の拓海亮が来ないはずない。
俺は地下鉄の駅を昇りきり、今すぐ地下鉄駅の穴倉に戻りたくなった。
暑くて死にそうだからではない。
今いる場所がどこなのかわからないのである。
「ごめん、悠。俺は東京は無理だわ。
目的地に着けなくて死ねる」
言葉で呟くだけではなく、俺の手は勝手に悠へとメッセを送っていた。
ピコン。
「大学ん時は俺がいる。
心配するな」
「お前授業中に何してんの。
俺はちゃんと早退してる」
「何してんのはお前だ。
それでそっちの祥鳳大付属中学はどうなの?」
「そっちの祥鳳大付属中に帰りたく
てたまんない。郷愁煽るな」
「俺の爺さんの家に居候してさ、
同じ公立中通う?」
ポタっと一滴の雫が画面に落ちた。
くそ、暑すぎて目から汗まで出てきやがった。
俺には悠がいる。
悠は俺の為に全部台無しにしてもかまわないって感じだ。
俺のためなら社会的に死んでも良いって思ってんじゃないだろうな。
「そっち戻って前みたいな暮らしする。
無理だったら、頼む」
「頼まれた!!」
俺はぐいっと目元の涙を手の甲で拭い、悠とのメッセージを終わらせた後にアンリのナビモードを起動させる。
「最初からこうしときゃ、地下鉄出口間違えて途方に暮れる事も無かったのによ」
本当は分かっている。
自分が凄く臆病だってことを。
会いたくて堪らないのに、敢えて道に迷ってぐずぐずしているのだ。
「暑いからタクシー使いましょう」
鹿角の部下で印象が薄い近松徹が、俺の真横に立っていた。
印象に残らないのは無駄な癖が無いからだろう。短い髪も警察官らしい清潔感のあるもので顔立ちは近所のお兄さんで、つまり交番に行けば会えそうな感じの人なのだ。
「あ、ミニパトがいた。丁度いいあれ使おう。行くよ。もうあっつ」
「……。ご一緒できて最高です。近松さん」
「その間は傷つくよ、晴純君」




