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連絡その四 早退認めて

三角は教師業が意外に板についていた。

っていうか、本気で教師として叱りつけてくるとは思わなかった。

俺のどこにも響かなかったけど。

それで俺は学校を早退することにした。


「それで早退って、何を言ってるの。ほら、チョコシガレッツあげるから教室に戻ろうか?」


「駄菓子嫌いなんでいらないです」


「だけど勝手は」

「酷い頭痛です。脳外科の先生に診てもらわなきゃいけないかも。ちょうど学会の最中だし、行っていいですか?」


三角はぐぬぬと唇を平べったくした表情をしたが、俺を無理矢理教室に残したその後を考えたか鼻の上に深い皺も作った。


「三角さん」


「わかった。だけど気を付けて。君をトイレで襲おうとした三人、君に向けられなかった拳を別の所で振るっていた。二人が目隠しとなって、一人が殴る。その殴り方も電車の揺らぎでぶつかっただけに見せかけてたそうだ。手慣れていて、そんな陰湿なことを日常的にやってたとしか思えないってさ」


「そいつらが俺を待ち伏せていると?」


「鹿角さんがそんなの許すわけ無いでしょ。俺が言っているのは、大人顔負けの陰湿行動ができるガキがまだ二十九人いるって話。君のせいで理性のタガが外れた状態でね」


トイレに俺を追いかけて来た三人が今朝登校してなかったのは、そういうことだったのか。鹿角の部下達によってあの三人が監視と教育的指導を受けていたことに、俺はほっと安心する。


「あと二十七人は三角さん預かりですし、俺は大丈夫ですよ」


「おい。二人どうした?」


「見逃して欲しい二人です。たぶん、俺が消えたら同じように早退しに来るかもですので早退させちゃって。いや、内申気にしているから来るのは一人だけかな。いやいや、奴は普通に断りなく消えそうだな」


「――あのね。消えるんだったら身柄を押さえたいんだけど」


「たぶん、久我山の身柄なんか押さえても無意味だと思いますよ」


俺は職員室の窓から校庭を眺める。

九月の東京の気候は残暑どころかまだまだ亜熱帯そのもので、誰も外には出ていない。だが、誰もいない校庭の庭木には雀達がちらほらと止まっている。


「カラスも雀と同じフィンチなんですよね。どんなに賢くても、奴らは捕食される立場の生き物なんです。行動がそう言っている」


「晴くん?」


「捕食される生物は捕食者の目に留まらぬように、群れ全体で同じ行動を取るんですよ。だから、その中からたった一羽を抜き出したからって、群れの行動が変わるわけないんです。さっきの授業でわかったでしょう」


「だがあれは久我山が扇動してのあれでは?」


「全員が同じ意識ですよ。目的も価値観も一緒の人間が集まった集団ならば、集団そのものが一つの個として動けるんです。大きな公園で十人の警察官が一人の被疑者を追いかけた時、三人くらいが怪我しても後の七人は迷いなく被疑者確保に動くでしょう」


「うちは指示出しの鹿角さんが押さえられたらアウトだぞ。絶対大混乱」


三角は俺のセリフをまぜっかえした後、俺の目の前でパソコンを操作して俺の出欠蘭に早退と入力した。


「藤と待ち合わせか?」


「いいえ。(てく)って」


「はあ、まったく。護衛一人つけるが絶対に撒くな。藤堂、近松、鈴木、立木。どれにする? 希望ぐらい聞いてやる」


波瀬(はせ)さんはどうして外すの」


「君のお気に入りだからだ」


波瀬(はせ)進士(しんじ)巡査部長は出自が特殊急襲部隊(SAT)らしく、どこから見ても機動隊系の警察官である。だがしかし、船の制御プログラムを書き換えたりもできる頭脳派で工作兵的恰好良さがある。俺はそれで波瀬さんが大好きなのだが、俺が波瀬を懐柔しているのもバレていたか。

あの人凄い人情家なんだよね。


「…………では、近松さんで」

「そのこころは?」

「東京って言えば歌舞伎だから」

「ひど」


三角の笑い後を後ろに俺は職員室を出て、廊下を歩きエントランスを出て、暑くて溶けそうだと思いながら校庭をつっきって校門を出た。

そうして俺は目的地であろう場所に行けるはずの地下鉄駅を目指してよろよろ歩いたが、二つ目の信号の所でスマートフォンが震えた。

鞄のポケットから取り出してみれば、画像には俺の現在地と目的地である駅までの道のりが赤く表示されているわかりやす地図が表示されている。


「……既に道を間違えていたとは。東京恐るべし」


俺は丁寧にスマートフォンをポケットに片付けると、親切なスマートフォンが教えてくれたように駅への正しい道へと方向を変える。

そして駅を無事見つけ、俺は少しは涼しい環境になることを祈りながら階段を降りていく。本気で東京は暑い。東京近県の真夏日表示が東京よりも暑くなってたりもするが、実体感では東京の方がめちゃ暑い。ぬとっとした臭気のある空気が鼻や口を覆うようで、サウナに閉じ込められた感覚である。

だから、涼しさもある地下ホームにようやく降り立った時には、大きな安堵の吐息が出たほどだ。


「生き返るまでいかないけど、死ぬ事は無い感じ」


「お前でも死にたく無いんだ」


俺は想定通りに俺を追いかけて来た同級生、狩谷陸(かりやりく)が自分の左後ろ後方にいると意識にとめただけにした。

そして彼に振り向きもせずに尋ねた。

最初から狩谷に聞きたかったセリフだ。

どうして皆原の机にその文言を書いたのか。


「皆原は誰を殺したんだ?」

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