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連絡その三 お前らって夢が無いんだな

蒲生が転入して来て、その二日目。

今日は何ごともなく終わるだろう、否、何もできなくなったが正しい、と秋友は思った。


蒲生を痛めつけようと追いかけた三人、板倉と真壁と島が、昨日の放課後にはなんとも無かったくせに体調不良を理由に揃って欠席したのだ。


彼らは入れ違いだったとぼやいていた。

なのにその翌日に彼らの姿が無い。


実は蒲生はヤクザか何かの子供で、彼に何かしたという理由で何かされたのでは無いのか。

クラスにはそんな仮説を唱えている者もあり、蒲生に何かをしようと行動することを自粛する雰囲気なのである。


だが秋友は考え過ぎだと思った。

蒲生の机に悪戯書きをした者達、板倉達以外の三人には何も起こっていない。

板倉達の欠席は、蒲生による報復を受けたからとは考えにくい。


「君は久我山だっけ?」


秋友は斜め前の席の蒲生を見返す。

こういう場合は気さくそうな笑みを見せるべきか、二度と話しかけたくなくなるそっけなさを表に出すべきか。

秋友は一瞬だけ悩んだが、自分はその他大勢だったじゃないかとすぐに思い当たり、ならば気さくそうに答えるべきだと笑みを作った。


「そう。自己紹介も無いのによく覚えたね」


「教えてもらったからかな」


「へえ――誰から?」


「君が良く知っている人物だよ」


秋友の視線は青葉を追い、視界の中で青葉が首を横に振っているのが見えた。

秋友は再び蒲生へと視線を戻し、自分を揺らがせようとしているらしい人物を軽く睨む。


「君はデビューを頑張り過ぎて無いかな」


「デビュー?」


「ああ。虐められないように、必死に頑張っているように見える。普通にしていた方が、みんなも君に話しかけやすいと思う。もったいないよ」


秋友は自分の見立て通りだと思った。

ほんの少し親切めかしただけで、蒲生が秋友へと身を乗り出してきたのだ。

秋友と話したがっている、という風に。


「君達と親しくして、なんかメリットある?」


嘲った表情。

思わず蒲生の顔を殴りたくなったが、秋友は拳を作っただけで己を抑えた。


「君と親しくするメリットこそ見いだせない」


「そうかな。どうして俺がこんな時期に簡単に転入できたのか、どうして教授陣について詳しいのか、考えないの? 俺がご学友と決めた奴は必ず高等部進学が叶うんだよって、思わない?」


「お前みたいな奴に頭を下げるぐらいなら、普通に実力で行くさ」


「世界には実力では越えられない壁がある。上に上がれるといいね」


秋友の拳は蒲生の顔を狙っていた。

だがしかし、蒲生が顔をひょいと後ろに下げた事で、秋友の拳は宙を切る。


「君は悪戯書きをしない賢さはあるのに、煽り耐性は無いね」


「お前は」

「ハイ、前を向く。授業は始まっているぞ」


蒲生は何ごとも無かったように前を向き直り、秋友は怒りに震えながらも表情を取り繕う。教壇に立つすまし顔の狐顔の教師は、面白くも無い教科書を読むだけの授業を始めていた。


本当に面白くない。

秋友は忌々しいと奥歯を噛みしめる。


公民の箇所など、中学受験時にウンザリするぐらい詰め込まれていた。

日本史に日本地理に関しては、当時の参考書と問題集で中学学習範囲を完全網羅だ。中学受験であまり触れられなかった場所は、世界史と世界地理となる。


せめて世界史か世界地理ならば意識を授業に向けられようが、大して面白くも無い新しく学ぶところも無い公民だ。

時間は有限だというのに、なぜこんなくだらない時間を無駄に過ごさねばならないのか。


そこで秋友は昨日の蒲生を思い出し、合点した。

教師を翻弄して喜んでいた蒲生こそ、今の自分と同じく授業が全く無駄だとウンザリしていたのだと。

ほら、今だって机の中でスマートフォンを弄って遊んでいる。


「あいつに学級崩壊をさせるか」


秋友は自分が思い付いた案が、イケる、と思った。

そもそも秋友達は学校生活において、人間関係、を大事にしてきた。

異物と思える者がいれば寄り添い、みんなと馴染めるように助言を与える。


みんな、という共通認識を壊さないことが互いの平和と平穏を守ること。

それができない人間は、結局はクラスから弾かれてしまうのだから。

見えるいじめを行った狩谷や、一人悲劇の主人公になった皆原のように。


秋友は青葉へと視線を向ける。

青葉も秋友と同じく三角の授業にうんざりしていたのか、秋友の視線にすぐに気が付いて、どうした、と口パクで返す。秋友は青葉に、みてろ、と返した。


ガタン。


秋友が立ち上がった音に、クラス中の視線が秋友に集まる。

教師である三角の視線も。


「先生。蒲生君は転入生です。授業についていけていないのでは? ねえ蒲生君。先生が今まで読んでいた箇所について、君は理解できた? 困っていない?」


蒲生はゆっくりと俺に振り返り、大丈夫、と笑顔で答えた。

授業前の秋友を馬鹿にした時の笑顔ではなく、蒲生を褒めた教師達に向けたものと同じ子供らしい無邪気な笑顔だった。


「そう。それならいいけど。社会科は苦手なのかな? 他の授業は授業が止まってしまうぐらいに先生に自論をぶつけていたよね。なのに社会科ではしないから心配になったんだ。もしかしてって」


「俺は社会に語ることなんかないからね」


「そう。簡単に科目を捨てられる発言が出来ていいね。そうか、授業前に俺に自慢したのは本当で、君は勉強しなくても高校に確実に進学できるんだね」


秋友の周囲でクラスメイト達が次々と騒めきだす。

すると台本があったかのように、前列一番左の席の女子が立ち上がる。


「蒲生君は査定テストなんて関係なかったの!!」


次に立ち上がるのは、明瀬は不在か、その代わりに左から二列目、後ろから三席目の古河が立ち上がった。


「それで昨日は先生がみんなして蒲生君をちやほやしていたのか!!」

「三角先生もそういうのわかってたの!!」


古河の横の長谷田も甲高い声を上げる。

あとは立ち上がるまでもなく、クラス中で思い思いの声をあげるばかりだ。


「すごい連係プレー。この後はそれぞれのお母さんかお父さんが学校側に苦情って流れか。そしてモンペの強襲に脅えた学校は俺を放逐と。いいねえ、お母さんお父さんが絶対に味方になってくれると信じている子供ってやつは。何をしてもママパパ助けてで済んじまう」


蒲生は無邪気な笑顔のまま毒を言い放った。

瞬間、ざわついていたクラスは静まり返り、全ての視線は蒲生に注がれる。

彼は嬉しそうにクククと声を出して笑った後、今度は単に吐き捨てた。


「お前らって未来の展望全然無いのな」


「蒲生くん」


「だってそうでしょうよ。こいつらの誰も、なりたいものがあるからこの学校にいるって無い。大体、このまま祥鳳大学に進学して何になるの? まず医学部はエスカレーターで進学できない学部でしょ。法学部は司法試験の合格率もそれなりあるけど、裁判官に検事や官僚と考えれば東大だろ? 文学部の国文は面白い教授がいるけど、学部としては別大の国文学部の方が有名だ。理工学部は最近特許をとって儲けたけど、実は大学外の研究者のサポートをしたことで得た利益なだけ。六年潰してまで祥鳳大学に進む意味あるか?」


「蒲生君。ぶっちゃけすぎ」


「真実は早めに知った方が良いって、先生」


「だけどね」

「私はアナウンサーになるためにここです」


秋友は大声を上げた同級生にほくそ笑む。

これで横道にそれた流れが元通りになる。


「そうだ。俺の行きたい経済学部は祥鳳大学の看板学部だ。君こそなりたい何かがあって大学を目指しているのか」


「青葉、よく言った」


秋友は呟き声で青葉を称賛してから、勝ったと思いながら蒲生を見下した。

すると、蒲生こそけだるそうに立ち上がる。

彼はまるで芝居の主役の如く秋友達クラスメイトをゆっくりと眺めまわした後、悠々と、とてつもなく偉そうに自分のなりたいものを言い放った。


「専業主夫」


ぶっ。


吹き出したのが三角担任一人だけだった。

クラスメイトは全員が呆気に取られて蒲生を見つめるだけとなった。


「本当は高校もいらないのだけど、周りが、特に親友が俺が大学行かなきゃ許してくれなくて。俺は自分の夢を叶えるために大学に行くんだ」


「俺達と一緒じゃないか!!お前だって大学に行く夢なんか無いじゃないか!!」


秋友は思わず叫んでいた。

叫んだあとに彼は叫んだ事こそ久しぶりだと思った。


「同じだけど同じじゃないよ。俺は祥鳳大学系列から逃げ出せない呪いにはかかっていない」


「俺達は呪われているって?」


「お前達は逃げ出そうとは考えないだろう?」

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