連絡その二 助っ人が来たならば用意すべきは棺桶となる
鹿角は何がしたいのか。
彼は五歳で人生が終わった颯来君が成長した頃を想像し、俺を颯来君に見立てて親子ごっこをしているのでは無いのだろうか。父親が子供の交友関係にうざく口を挟んで来る、あるあるあるね、じゃねえか。
その証拠に、彼は俺がばらまいた資料を片付けただけた。
その上に事件など無頓着だという風に、なんと読みかけのペーパーバックを開いて読み出した。え? それって無頓着すぎねえ?
ついでに言えば、完全英文の洋書というペーパーバックを読んでいることで、頭が良いって自慢ですか、と言いたくなるが、彼が読んでいるのは普通のミステリー小説なのだ。著者名が有名なアメリカのミステリー作家で、作品が映画化もされたシリーズものの最新刊で、まだ翻訳されていないから原書で読んでいるだけという風なのである。
俺との共同生活を送る目的で皆原翼の事件を利用しているのかと思っていたが、実は忙しくて読めなかった本を読む時間を得るために皆原翼の事件を利用したんじゃないか? 俺こそその理由付けじゃね? 颯来君関係なし?
「あのさ、あなたは中学も高校も大学も東京だよな。さっきさ、友人との間にも計算があったとか言ってたでしょ。俺と悠の通う中学とこっちの中学は同じ祥鳳大学系列なのに、校風が全然違うんだ。東京の子供達の雰囲気がすごくギスギスしているのは、皆原関係なく東京は計算づくが標準仕様だからだった?」
あ? 鹿角の口元が嬉しそうに緩んだ?
もしかしてこいつは、俺が自分に話しかけてくるように、俺や事件に気のない振りをしていたのか? うわ、やばい奴。
「君がギスギスって。先に潜入させていた三角が、君が転入した今日一日で胃に穴が開きそうだと訴えて来たのに」
「答えになってませんよ。俺は地方者です。学校の状況が東京では当たり前なら、俺は別の見方をしなきゃいけない。揺さぶり方法も変えなきゃいけないんです」
「揺さぶりか。私が望んでいるのは、大人では聞き出せない子供達の事情を君が子供達から聞き出す、それだけだよ。皆原君を見つけてあげるためにね」
鹿角は読んでいた本を完全に閉じてテーブルに置き、次には両手を組んで俺にしっかりと向き直った。さあ話そうか、そんな威圧感を出しながら。
「俺が同年代と楽しく会話? 無理ですね。俺は人を選ぶんです。俺はそこにいるだけで虐めてやりたくなる存在みたいですしね。だったら、俺が管理できる状況で、俺を攻撃してくる人間とそうじゃない人間を分別するだけですよ。攻撃して来たら、三角さんパ~ス、です」
はあ、と鹿角は嫌そうに溜息を吐いた。
どうして黙って守らせてくれないんだろう、とかすれ声の呟きまで添えて。
そのかすれ声は、老若問わず千人の女性がいたとして、九百九十人の女性の腰を砕けさせただろう声だった。
「だが断る」
「晴くん。何が?」
「俺はまだ中坊ですんで、邪眼の疼きのままに行動させてもらいます」
「ぷっ邪眼」
「あっはは。ハレ重症」
二つの笑い声が弾け、俺は台所の入口へと振り返った。
そこには、今は俺の担任ごっこをしている鹿角の部下で副官らしき三角と、なんと、俺の兄貴分の藤剛が吹き出し笑いをしながら立っていた。
藤は、三角のように鹿角の部下では無い。
拓海教授の運転手兼ボディガードである。
拓海に運転手として雇われる前は、アングラ劇団の座長で俳優という職歴(と言っていいのか?)しかないだけあり、藤は二十代の癖に疲れたようなうらぶれたような雰囲気を持っている。そんな彼がボディガードというならば、実は腕っぷしが強いと思うだろうが強くない。
藤さんには有名な政治家のお祖父ちゃんがいるので、藤さんに何かあったらお祖父ちゃんが怖いぞ、という後ろが怖いお兄さんなだけである。
いや、まあ、後ろが怖いってのは、それだけじゃ無いんだけど。
だけど俺が拓海の所にいた時は、俺の相談相手になってくれたお兄さんな存在なので、俺には彼との再会が嬉しいばかりである。
「藤さん!!」
子供みたいに喜びの大声を出してしまうぐらいに。
藤こそ弟に会えて嬉しいという兄の顔をして俺に駆け寄ると、朗らかに笑いながら俺の頭にそっと手を乗せた。
「怪我は完治したみたいだね」
「ご心配をおかけしました」
「本当だよ。ハレがいないと俺はお喋りが出来なくて、もう死んじゃいそうでさ」
「おしゃ、べり?」
藤のセリフに、俺はピシィと心も体も凍り付いた。
見れば、三角も鹿角も凍り付いていた。
藤の後ろが怖い理由その二、である。
藤はお喋りと称して、死霊をこの世に放てるのだ。
本人は幽霊の声が聞こえるだけで、幽霊とは何の交流も出来ないらしい。
けれど彼は、殺人者に対してがその者が殺した人間の霊を向かわせて呪う事ができるという、恐ろしいチート持ちなのである。
藤さんこそ中二病な設定人物だよ。
闇に解けてしまいそう、とか言っちゃうし。
俺なんか、幽霊ホログラムを射影できる機械を事前に教室内に設置し、それでも陽炎程度の揺らぎしか表現できなかったというのに!!




