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さあ、仕掛けて来いよ?

 アンリが制服でない服装で校門を通ると、当り前だが校門に立つ教師に呼び止められた。

 ジャージ姿のその教師は身長は日本人男性の平均だが、ジャージの上からも筋肉の隆起がわかるという、何処から見ても生活指導の体育教師である。


「なんだ、その服は?制服はどうした?」


「すいません先生。制服は血でべとべとで、汚れちゃって、あの。」


「あ~。わかった。そうか、蒲生だったか。いいよ、通って。」


 体育教師の上杉は声をかけた時とはまるきり違う、アンリを思いやる顔つきになり、その上でアンリの肩をポンと叩いた。


「お前は偉いよ。怖いだろうにちゃんと学校に来れた。」


 アンリは珍しく素直に頭を下げたばかりか、初めておべんちゃららしい言葉を大人に対して使ったのである。


「先生みたいな人がいるから、俺、俺は、勇気が持てたんです。」


「そ、そうか!はは。何かあったらすぐに俺のところに来い。大丈夫だからな。」


 アンリは上杉に深々と頭を下げると、いかにも弱った子供のふうな足取りで校舎内へと向かい始めた。

 エントランスに入るとずらっと靴箱が並んでおり、俺は自分の靴箱はどれだけ汚されているだろうと思いながらアンリの後ろをふよふよ着いて行ったが、俺は生まれて初めて普通に清潔な靴箱を見つめる事になっただけであった。


「うそ。ゴキブリも腐ったパンどころかゴミクズ一つも無い。」


「取りあえず様子見だろ?学校がお前を守りにきているならな、お前に敢えて嫌がらせをしてくる雑兵はいないよ。それに俺が今日学校に来たかったのは、俺達が正義の立場で進撃するための宣戦布告を相手に出して貰うためだよ。」


 俺はアンリの言葉に、え?となった。

 宣戦布告って何?と疑問符が沢山浮かんでしまった。


 俺はやっぱり馬鹿なのかな。

 アンリの考えていることが分からない。


 俺が首を傾げながら保健室に向かうアンリの後ろをふよふよ追いかけていたが、保健室の前にはニヤニヤ笑う林田と今泉が立っていた。

 彼らは俺達の姿を見つけるとスマートフォンを翳しながら近づいて来て、俺にスマートフォンの動画を見せつけた。


 警察と児童相談所職員の指導の下で消させられたはずの、俺に裸踊りをさせたあの日の映像だ。


「消すと増える不思議な動画~。」


「ハハハ!もっと増やしてやろうか?」


「一画像一万でどうだ?クラス全員共有しているからさ、二十八万円?支払ったら責任をもって俺達が消してやるよ。」


 林田はひひっと声を上げて笑うと、アンリが入っている俺の体を突き飛ばした。

 それはほんの肩を押しただけのものだったが、アンリは勢いよく保健室の扉に体をぶつけ、ガラス付きの木の扉だったためにがちゃんと大きな音が起きた。


「どうしたの!何があったの!」


 保健室の中から養護教員が声を上げ、林田と今泉は、やばい、と叫んで駆け出して逃げて行った。

 そして取り残された倒れているアンリだが、彼の額からは血が零れていた。


 保健室から出てきた養護教員、二十代の女性にしては小太りと形容するしかない体型をした市村は、戸口に倒れているアンリを見下ろし、慌てたようになって身をかがめた。

 その動作は慌てているにも関わらず、よっこいしょ、と表現したくなる、自分の母よりも年配女性に見える緩慢なものだった。


「きゃあ、大丈夫?何をされたの?」


「つ、突き飛ばされました。」


「誰に!」


「か、かえっていいですか?もう嫌だ。帰っていいですか?」


 混乱した風を装うアンリに対し、養護教員は手を差し伸べて抱き起すと、まず怪我の手当てだけしましょうと宥め始めた。


「び、病院に行きますから。」


「大丈夫。このぐらいの怪我なら先生が処置できる。大丈夫よ?だから、病院になど行く必要など無いの。困るでしょう。学校で転んだだけなのに友達に怪我させられたなんて誤解が広まったら。ねえ?」


「お、俺は林田に突き飛ばされたんですよ?」


「先生は見ていない。」


「あいつらがひどい事を言ったのは聞こえたでしょう?」


「いやだ。子供達は教室に一直線の時間でしょう。」


 俺はほわっとしたタイプの市村が、どうしてここまで頑なにアンリへの暴行があった事を認めないのかと、違和感ばかりが湧いていた。

 だから、俺一人保健室の中に入ると、市村のスマートフォンがどこにあるのか急いで探した。


 母にスマートフォンを買って貰ってから、その扱い方、それができる機能を俺とアンリは散々に試してみたのだ。

 幽霊の俺がどこまでロックのかかったそれを探ることができるのか、も。


 俺は両目を静かに閉じた。

 幽霊と言う一種の電気信号みたいになっている俺には、意識を集中すれば電気を発している物を見つけ出すことも可能のような気がしたからだ。


 見つけた。

 見つけたどころか、俺が干渉したせいで、市村の携帯が鳴ったのだ。


「あら、いけない。」


 市村はアンリを介抱することもさっさと放棄し、いそいそと保健室に戻って来ると、机の引き出しを引き出した。

 机の中にあったスマートフォンは着信の為に画面を明るくさせており、メールの受信の知らせも俺が探るまでも無く良く見えた。


 良く見えて、そうか、と市村に呆れてしまった。


 俺の担任、えこひいきが酷いからとエコと影で呼ばれている谷繁篤海たにしげあつみと、彼女は頻繁にメールのやり取りをする間柄だったんだ、と。

 市村は呼び出し音が消えたスマートフォンを手に持ち、俺の目の前で暗証番号をそこに打ち込んでロック解除を行った。

 それから彼女は頬を赤らめながら、メール画面となるように指をタップさせた。


「掃除監督の時間に話し合えないかな。」


  市村はオッケーと一目でわかるスタンプの返信を送り、ついでに、林田と今泉が保健室前で騒いでいた事まで報告していた。


「聞いていた通り。悪い子は林田君と今泉君だと思う。今はなんでもあっくんのせいになるから見ない振りをしたけれど、あとで叱ってやらないとね。」


「ありがとう。感謝してます~。」


 俺はこのやり取りを虚しい気持ちで見ていた。

 保健室の中にいた彼女は起きたことをちゃんと知っていて、さらに、あっくんな谷繁を庇うために、目の前で怪我をしたアンリを見殺しにしていたのか、と。


 憤慨する俺の頭の中に、アンリの思考が流れ込んで来た。


「十三時十分に俺達は襲撃を受けるな。」


「う、上杉先生に相談するのは?だって、三人一時は無理でしょう?」


「いや、普通に対処できるよ。たぶんね。そうだろ?」


 俺は保健室の入り口を振り返った。

 戸口に立つアンリは、これこそ待っていた、そんな表情を俺に見せつけたが、俺には恐怖しか感じなかった。


 反撃しようにも、俺の身体ではアンリの足しか引っ張らない、のだから。

 だって、一対三になるんだよ?

 俺はもう死んでいて体の痛みなんて感じないけれど、自分の体が、それも自分を守ろうとしてくれている人が中の人なのに、痛めつけられるのは見たくない。

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