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報告その三 消えていくクラスメイト

何もわかっていない癖に。


秋友は蒲生によって苛立たせられていた。

どこぞの地方か海外から転入して来たらしいと馬鹿にしていた蒲生であるのに、蓋を開ければ鬼のように頭が良かったのである。


授業なぞ一切聞いていない物憂げな様子をしている癖に、教師が問題を生徒に解かせようとすると、彼こそがその場を奪って回答してしまう。教師とその先の応用問題についても、質問がいつの間にか討論に発展する始末だ。


それで秋友を含めたクラスメイト達は、ふつふつと蒲生への鬱憤を溜めていた。

彼らの目には、蒲生の振る舞いは頭の良さを自慢するデモンストレーションにしか映らない。尊敬するどころか、蒲生に踏みつぶされた感覚なのだ。


いつでも爆発しそうなストレスのせいか、事は四時間目の数学の時間に起きた。


「かなりやり込んでいるんだね」


「そうですか? 前の学校はこれでも中の上でした。だから、このクラスの遅れ具合に戦々恐々です。東大を目指す友人に後れを取ってはいけないというのに」


「蒲生君は祥鳳大学に進むんじゃないのか?」


「どうしてこんな素晴らしい環境を与えられて、それを活用して頂点を目指さないのですか。天才でない凡人であれば、最高の秀才を目指さねばならないのに」


「は、ハハハハ。確かに。だが、その言葉は聞いた事があるぞ。誰だったか、有名な教授の言葉だった気がする」


「祥鳳大学大阪医療センターの名物教授、桑井(くわい)嗣巳(つぐみ)先生のお言葉です。俺は祥鳳大学医療センターの拓海教授よりも彼を支持すべきと思います」


「ハハハ。世界的権威の祥鳳大学名誉教授を扱き下ろすか!!」


秋友は普段は仏頂面の数学の教師が笑い出した事にも驚いたが、蒲生が祥鳳大学の教授陣について詳しいことにこそ驚いた。彼は大学の関係者なのか。

しかしその驚きは、蒲生の一言で苛立ちだけに再び塗り替えられた。


「自己研鑽を怠るな、桑井教授は学生にそう願っています。でも東京は十五万もするバレッタをホイホイ買っちゃうようなお金持ちの子供ばかりだから、向上心がなければ努力もしないのでしょうね」


家が普通だからこそ、良い場所に就職できるためにここにいるのだ。

どれだけ勉強時間に費やされていると思っているのだ。

秋友の手の中で、プラスチックのシャープペンシルが軋んだ音を立てた。


「バレッタに十五万? そんな物を付けている子供がいるのか?」


「壊した弁償に十五万出せって言ったそうですよ」


秋友は完全にシャープペンシルを折ってしまっていた。

これは怒りではなく、蒲生があっけらかんと発した台詞に瞬間的に呆けたからだ。

そして、ほけっとしてしまった秋友と違い、数学教師の方が慌てた声を上げた。


「ちょっと待て、そんなことが学校内で起きていたって言うのか?」


「俺はそう聞きました。明瀬さんなら詳しく話を」


秋友は教師と蒲生のやり取りを眺めるだけとなった。

しかし、声を上げて立ち上がった者がいた。

明瀬梨穂(あきせりほ)である。


「言いがかりは止めて!!」


彼女は長い黒髪は編み込みにして、後ろで黒いリボンが付いたバレッタで留めていた。そのバレッタは真ん中に小さな白い花モチーフが付いている、黒地に水玉模様リボン、というものである。


「誰に聞いたのよ!!」


蒲生は軽く肩を竦めてから、ニヤリと微笑んだ。


「後ろの人?」


「私はそんな事言っていない!!」


蒲生の席のすぐ後ろに座る女子が立ち上がる。

橘水鏡(たちばなきょうか)である。

薄茶色の髪に白い肌に可愛らしい顔立ち、そこに着崩した制服に短いスカートで、周囲にはギャルにみられるが明瀬よりも大人しい性格だ。しかし一か月前から、持ち物が華やかさを増している。


「じゃあ誰が言ったのよ。後ろってあんたしかいないじゃない!!」


「君達。まずは静かに。それからあとで詳しく話を聞かせて貰う」


「私は知りません!!本当に何も知らないです」

「私だって言いがかりです」


「それも含めて、あとで話を聞こう。では、授業を続け」

「てめえ。知った気で誰から聞いたんだよ!!」

ガタン、ガタガタタン。


明瀬が蒲生に掴みかかっていた。

杖が必要な蒲生は、明瀬に押された事で簡単に横倒しとなった。

机や椅子を巻き込んだ形で。


「ちょっと、何をしているんだ!!」


授業はそこで中断し、教室の騒々しさに他クラスから駆け付けた教師によって、蒲生に明瀬と橘は教室外へと連れていかれた。

そのまま昼休みに突入し、昼休みの終わりとともに教室に戻って来たのが、蒲生一人だけだった。

額にガーゼを貼っている蒲生に、明瀬と橘がどうなったのか尋ねられるものはおらず、そのまま五時間目に突入した。


五時間目は社会科だった。

蒲生はなぜか静かだった。

蒲生は社会が苦手なんだと考え、秋友はいい気味だと心の中で笑った。

右に一つ席を空けて座る青葉とも目が合ったが、彼も秋友と同じ見解だったらしく、秋友に皮肉な笑みを見せた。


東大なんて大きく出たが、苦手科目があればそれで終いだ。


秋友は斜め前の蒲生へと視線を動かし、そこで思考がぷつっと止まった。

蒲生はメッセのやり取りをしていた、のだ。

チャットの蒲生が相手に送った文は、右斜め後ろの秋友によく見えた。


                           授業ぬるすぎ


秋友は怒りのまま自分こそ机の中のスマートフォンを起動し、蒲生に付いての憤懣をメッセージにして送った。複数トークができるアカウントに。


ぱっと蒲生のスマホ画面が輝く。

蒲生が再び送ったメッセージが表示された。


                        馬鹿は本当によく踊る



秋友は蒲生のメッセージをそのまま仲間に送った。

子供達は仲間と気持ちを共有するべきなのだ。



五時間目は静かに終わり、蒲生は休憩に席を立った。

蒲生が教室に戻った時、蒲生の机は皆原とお揃いのものとなっていた。

罵倒文字は違うが。


「死ね。だけか。六人いてこれって、まじ語彙が少ねえな」


蒲生は鞄から新聞を取り出すと、新聞紙を乗せた状態で自分の机の写真を撮った。

それから荷物を鞄に片付けて、そのまま鞄を担いで教室を出て行った。

早退した蒲生が戻って来ないのは当たり前だが、狩谷陸(かりやりく)も六限に出て来なかったのは秋友に不安を感じさせた。

狩谷は鞄を残したままなのだ。

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