報告その二 中二病は余計な波風立てました
俺は兄貴分に「由緒正しき中二病」と呼ばれている。
それに対して今まで抗議をして来たが、ここにきて顔を真っ赤にして自分が中二病でしかなかったと認めねばならない。
何が「七月革命が行われた」だよ!!
しっかり不発だったじゃないか。
俺、蒲生晴純は、今年の夏休みに養親となってくれている拓海亮との養子縁組を手続きを済ませたので、今頃は彼の本当の息子になっているはずだった。
拓海は世界的に有名な脳外科医である。
彼は画期的な治療技術や機械の特許を沢山手にしているので、かなりの富豪だ。
だからこそ毒親が俺を手放しやすくするために、独身で子供がいない彼の養子になることは旨味しか無いと、拓海の顧問弁護士は俺の父を説得洗脳した。
君の子供が拓海の財産を継ぐんだよ、と。
結果、父は養子縁組の書類に署名してくれた。
だから、本来ならば俺は拓海の子供になっているはずだった。
確実にそのはずだったのだ。
なのに、阻止された。
養子縁組の邪魔をして来たのは、俺が毒親と見做して離れたいと望む、子供を抑圧して支配しただけの我が実母ではない。
家庭裁判所の裁判官の判断だ。
ああちくしょう、俺はまだ大人を知らない子供でしかなかった。
善意者という存在の方が凶悪極まりないと知らなかった、純粋な夢想家だ。
金の力で何とかできない法治国家めコノヤロウ、である。
俺の幸せを踏みにじりやがって。
その善意の裁判官は、事務的どころかわざわざ時間を割いて俺と面談してくれた。水口都生裁判官は、きっと誰もが想像する公正な裁判官そのものだったと思う。
外見は。
面長の柔和な顔立ちは理想を持つ若者めいた若々しさを感じさせ、彼が拓海よりも年上だとわかるのは、彼の髪が白髪が多い灰色の髪である点だけだ。だけど俺が水口裁判官を白々しくとしか感じなかったのは、彼が常に人好きのする優しそうな笑みを顔に貼り付けているからであろう。
俺は笑顔のまま苛烈な事をしてしまえるおっかない美貌の男を知っている。
さて、そんな裁判官様は、己が演出している外見通りに、彼が思う正義と優しい世界を俺に押し付けようとしているのだった。
余計な。
「君が大人になったその時、彼が待っているなら今一度決断すればいいと思うよ」
水口の一言に俺が瞬間的に思ったのは、腐ってんな、それであった。
彼は純粋に思春期でしかない子供が実親と袂を分かつのはどうなのか、と、まずは冷却期間と熟考期間を設けないかと言っていたのかもしれない。
だから俺が奴を勝手にBL脳と思い込んだのは、親友の自称恋人が持っていた薄い本が目頭に浮かんだからではない。決してない。けれど俺はその時、水口はそっちの方を早合点したのだと思い込んでいた。
だから水口の誤解を解かねばと、珍しく俺は焦り、普段は口にしない自分の思いを吐露してしまっていた。
「あの、すいません。俺が拓海先生を信頼しているのは、俺がまともに喋れない障害持ちの時だって俺を理解しようとしてくれたからです。母も父も俺が障害持ちで、それが自分の遺伝だからだと思っていたからか、俺の存在など見て見ぬふりでした。いじめで毎日殴られて帰って来ているのに、誰も大丈夫かと聞いてくれなかったんですよ。俺の両目は今は同じ大きさでしょう? 拓海先生に助けて貰えるまで、俺は毎日同級生達に殴られていたから、目の大きさが右と左で違ったんですよ。そんなことも気が付かない両親よりも、言葉が出なくても俺の言葉を待っていてくれる拓海先生の子供になりたいのは当たり前でしょう」
そうだ。
拓海は俺を見失ったりしないのだ。
俺は彼が手掛けた作品でもあるのだから、絶対に。
「君の気持は痛いほどわかる」
俺は水口の声に顔を上げ、俺は自分がいつの間にか涙を零して俯いていた事に気が付いた。水口も俺から目を離さずに俺を見つめていた。
まるで親や教師がそうするようにして。
「人間は誰だって間違う。そして人間はいつだってやり直せる。君はまだ幼い子供です。両親とやり直せるのは今しかないと思いませんか?」
優しい裁判官は、口当たりの良い台詞を吐きたいだけの人だと俺は思った。
彼には思いやりなど無い。
俺の十五年間、俺がどれだけ両親に両手を伸ばしていたのか知っているのか?
「ねえ、晴純君。家族なんだからぶつかり合ってこそなんだよ」
俺は目の前の男を殴っていた。
心の中で。
こいつはきっと人も世界も善意であるべきだと信じ切った奴なのだろう。
五歳の幼児を殴り殺した糞野郎でも、幼い少女を日常的にレイプしてた屑野郎でも、反省して更生を望めば認めて手を差し伸べるべきだと信じているのだろう。
「家族だから、ですか。あなたの子供の良い所はどこですか? あなたの子供があなたに何を望んでいるのかあなたは言えますか?」
「上手い切り替えしだね。私が子供がいないと言えば子供がいない人間に何が分かると言える。子供の良い点や、そう、毎晩のように語り合っている子供の希望を言えれば、それこそ私の思い込みだと私を攻められる。君は賢いね」
「いいえ。俺は馬鹿ですよ。俺はあなたに期待して裏切られました。あなたが俺にプライベートなど明かす気も無い、つまり、寄り添う気など一つも無かったことが分かりました。つまり、あなたの言葉は上辺だけの薄っぺらいものです」
裁判官は優しい笑みを浮かべる表情を変えなかった。
その代わり方針を変えた。
彼は俺と拓海の養子縁組を却下しただけでなく、俺の身柄を保護対象として家庭裁判所の預かり、つまり施設送致を決め込んでくれたのだ。
ちくしょう。
表面上でも和やかに、先生の言う通りにします、とか言って置けば良かった。
っていうか、お前の頭の中こそ腐ってんぞ!!
ガキに言い負かされたからって、なんていう報復してきやがったんだよ!!




