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梟は墓穴を掘った贄の為に埋葬の歌を歌う

 水族館の中は暗い。

 これは水槽のアクリルガラスに光を反射させず中を見やすくするためだったり、観覧者の姿を魚から隠して魚のストレスを減らす目的である。


 よって、普通の人間が立ち働く関係者専用通路は、当たり前だが客が歩く場所よりも明るい場所となっている。


 こんなちぐはぐなのは水族館ぐらいじゃないかと、俺は見通しが良いが誰もいない通路の壁に寄りかかる。

 するとすぐにドアが開き、フードを目深に被った外国人男性がするりと中に入って来て俺の横に並んだ。


 彼は百七十五くらいの身長であり、日本人男性と比べて際立った体格差は感じられない。また、服装からサッカーの観覧席にいる外国人にしか見えず、彼を見て傭兵と考える人は少ないだろう。

 それこそが危険な証拠だ。

 ほら、彼は俺の横に立つや俺に銃を向けたではないか。


「俺と取引するんじゃ無かったのかな?」


 俺が口にした言葉は日本語だが、スマホからはイタリア語の機械音声が流れたから通じているだろう。――彼がここにいるのだから通じているはずだ。


「お前はどこで俺の番号を知った?」


 うわお。

 俺よりもニホンゴ上手じゃね?

 アンリによる即興通訳が不要ならば、これは俺一人の演技にかかるのか。


「それは俺のセリフだよ。ドゥーニ。あなたが俺にかけて来たんだよね」


「そんなはず――は、無い」


「じゃあ、あなたの頭の中に巣くう、虫、の仕業だ」


 男は乱暴な仕草でフードを頭から外した。

 今さらだが、男は鹿角達が必死に探している、ジェレミア・ドゥーニである。

 ただし、彼をここに呼び寄せた当の俺は、間違ってないよね、と少々焦りながら目の前の男の姿に心の中で自問していた。


 ドゥーニの今の外見は、俺が見た御厨の幽霊と同じ症状が顔に出ていた。

 水を孕んで弛んだ皮膚は、寄生虫症によるものなのか。

 銃を持つ手だってむくんで水死体のようにパンパンだ。


「虫の、何を知っている」


「拓海に聞いた事ならば」


「これは何なんだ、知っていることを話せ」


「俺の要求を飲んだら」


「は、ハハハ。ガキにあしらわれるほど堕ちちゃいない。拓海に直接聞けばいい。あいつはお金持ちだしな。お前を人質にすれば拓海こそ俺の奴隷だ」


「救いようがないね」


「ガキ?」


「残念だなって。俺の手足になると約束するなら、自由になる身分証に毎月の安定した収入、それからケクランを殺した虫を殺す薬を渡すことが出来たのに」


「アルベンダゾール、あるいはプラジカンテル。そんなものはいくらでも手に入る。お前は生きてたくば、俺に金と身分証を渡す鴨になってればいいんだよ」


「そっか。もう飲んでいた?それじゃ薬を持って来たけどいらないか」


 ドゥーニは必死な目線を俺に向けた。

 俺は知っている。

 奴が飲んでいる薬が効かないわけがないのに、彼には幻覚があるし、まるでフィラリアによる象皮症の如く皮膚がぶよぶよと孕んでいくのを止められていない、ということを。


 それはなぜなんだろうねえ。


 俺はドゥーニに笑みを見せつけながら、ポケットから巾着袋を引き出した。

 ちりめん素材の光沢のある焦げ茶色のそれは、まるで金貨でも入っているかの如くずしっとしている。

 寄生虫症に悩まされているドゥーニは、俺が転ぶ勢いで俺の手からそれを奪い、急いで巾着袋を開けた。


「わああああああああ」


 男の大きな悲鳴があがる。

 同時に通路の照明器具が割れ、俺達の周囲が暗がりとなった。

 ドゥーニは俺から奪った巾着を投げ捨て、入って来た扉ではなく、さらに遠く、廊下の奥の明るい場所を目指して駆けていく。


 全ての恐怖から逃げ出したいという風に。


 だけどどこに行く?

 この通路は三又になっている。

 三叉路は魔物が集う場所だぞ?


 パキャン。


 ドゥーニが三又になった地点に辿り着いた瞬間、点いていた照明管が割れた。


「ノン、ノン、ヴァイラジュ、ノン、ノオオオオオオオオオ」


 ドゥーニは混乱しているのか、道ではなく壁に向かった。


「があっ」


 壁に顔面を打ち付けたのだ。

 ベージュ色の壁には、ドゥーニのものによる赤黒く丸い染みが浮き出ている。


「あ、あ、ああ」


 彼がそのまま床へとずり落ちたせいで、最初の染みから赤い線が伸びる。

 まるで子供の小さな頭部の影絵みたいだ。


「ひぃ!!」


 脅えた叫びをあげたドゥーニは、座り込んだまま壁に二発撃ち込む。

 それから、壁に向けていた銃口をゆっくりと、本当にゆっくりと、自分の額へと向ける。


「ひ、いひい、ひゃふ、ひ、ひひ、ま、まんまま、」


 彼は言葉にならない言葉を叫びながら、引き金を引いた。


 ぱきゅ。


 ドゥーニの頭は砕けた。

 彼の周囲は真っ赤に染まったが、彼から離れている俺も俺が持って来たきんちゃく袋にも、彼の血の一滴もかかっていないはずである。


「ムカデの小道具は壊れて無いよな。数珠に巻き付くムカデ? そんなの使う舞台ってどんだけ悪趣味な舞台なんだよ」


「アンダーグラウンドに存在する実験舞台は高尚なモノだ!」


 俺が入って来た扉を開けて入って来たのは、拓海の運転手の藤だ。

 なぜ彼が薄鼠色の変なペラペラの着物を着ているのかは不思議だが、妖しさ満点で良く似合っているからそれについて尋ねるのは止めた。


 負けた気がするから。


 そして藤こそ俺の意見などどうでも良いという風に床に転がっている巾着袋を拾い上げたが、それはやはり俺よりも人間ができているからであろう。

 彼は床に転がったままの俺に手を差し伸ばしてくれたのだ。


 ただし、俺は巾着袋が藤の手の中で蛇でもいるように動いたのが見えたので、藤の手を掴むことを躊躇ってしまった。たぶんどころかドゥーニも、あの悲鳴の上げ方だ、絶対に何かを袋の中に見たのだろう。


「ほら、晴君」

「どうもです」


 俺は藤の手を借りて立ち上がりながら、藤について何度目かの首を傾げる。

 死霊を呼び出せるし声も聞こえるのに、死霊と会話をする事も見る事もできないとはどういうことだ、と。

 藤は自分を取り巻く死霊の声が煩くて堪らなくなると、お喋り、と称して一気に放出してしまうのだ。

 そしてその行為によって死霊の脅威にさらされるのは常に周囲の人間であり、本気で注意が必要となる。特に人殺しなんかしてる奴は。


「すっきりした?」


「うん。ようやく煩かったほとんどが消えたよ。ケクランで船の奴は全部逝ったと思ったのに、半分以上残ってて。ああ、やっとお喋りが終わった。これで俺は先生の運転手に戻れる。ありがとう、晴純」


「どういたしまして」


 ケクランを捕らえに行った警官隊がドゥーニを取り逃がすわけである。

 幽霊そこにいるよ、ここにもいるよ、な、幽霊ホテルになっていただろうから。


 遠隔でも死霊が放てるって聞いて俺はびくびくだよ。

 そして藤が船を降りた後に姿を消していたのは、前述の通り、全部出しきれていなかったため、兵頭に拓海先生に近づくなと蹴り出されていたからだ。


 可哀想に。


 でもだからって、ホテルに戻る途中の俺を拉致して、お喋りさせなきゃ恐山に連れていくとか意味の分かんない脅しは止めて欲しいな!!どうして恐山だよ。近くの神社に行ってお祓いしてもらおうよ!!


「じゃあ、藤さん。行こうか」


「俺は恋人に会いに行くから君とはここまでだ。泣くんじゃないぞ」


「はいはい」


 俺達は関係者専用通路から出て、そこで別れた。

 藤はマンボウが泳ぐ水槽がある展示室に、そして俺は親友達が待つ展示室に。

 薄暗い廊下がありがたいと思いながら。


 昼の鷹や隼である友人達から俺の薄暗さを隠してくれる。

 俺はどうしたって暗闇に棲む梟なのだ。

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