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報連相が終われば梟の狩りが始まる

 悠の頭に銃口が突きつけられている。

 俺は奥歯を噛みしめる。

 口の中で鉄の味を感じるのは、俺が奥歯だけでなく頬の内肉までも噛み切ってしまっていたからであろう。

 それ程に俺は怒りに震えていた。


「波瀬、捉えているか?」


「あとは指示待ちです」


「全て許可。判断に任す」


 俺は鹿角へと顔を向けるが、鹿角は右手で俺の頭を掴んで俺の頭の向きを変えて頭を下げさせた。これでは俺は自分のスマホを見るしかない。

 しかし、無理矢理に視線をスマホに移させられた俺であるが、スマホ画面を見るやそこから目を動かせなくなった。スマホ画面で展開されている映像が、いまやパーク内の監視カメラ映像のものでは無くなっているのである。


 悠と悠に銃口を向ける男の映像が、風向き風力そして距離らしき数字が表示されるスコープの様な映像に切り変わっているのだ。


「狙撃手がいる?」


「藤堂は警察ではトップ狙撃手だ。絶対に撃ち漏らさない。そして、彼のスポッターが波瀬だ」


 鹿角の説明の声の中で悠が動く。

 悠は俺がするように身を屈め、銃を持つ男は悠をベンチから引き上げようと彼の首元を乱暴に掴む。


 !!

 ほんの一瞬、悠から銃口が逸れたその時、男の右手が銃ごと砕けた。


 !!


 俺は詰めていた息を吐き出した。

 悠が無事だったからではない。

 悠は男が怯むや、男を杖で下から打ち上げたのだ。

 俺は悠の立ち回りが、時代劇の殺陣たてみたいだと思った。


「すごい。悠」


「君は! まず藤堂を褒めてやりなさいよ」


「あいつの命を危機に晒したんだ。あの男の右手を飛ばすのは必須。失敗していたら俺が狙撃手を、あなた方を殺してやる気でした。だから、悠がすごい、です。ほんっと、能ある鷹は爪を隠すよ。あいつはこんなに強かったんだ」


「可哀想な藤堂。だが武雄君は確かに凄いね。最近剣道と合気道を頑張っていると聞いていたから、一皮剥けたのかな」


「最近?あいつは受験生だろ? 何をしてんの」


「さあね。さて、私は君を叱りたくないのに、君はどうしてこんな叱られることしかしないんだろうね」


 俺の口元に清潔なハンカチが当てられた。

 俺は鹿角のハンカチを自分で掴んで確認すれば、彼のハンカチはタオル素材では無く淡いグレーの光沢のあるリネンのものだった。その高級そうで確実にブランド物なハンカチには、俺が頬肉を噛んでいた結果である一滴程度の血のシミがぽつんと付いている。


「素直にありがとう言えねえええ! 無駄に高いハンカチ無理いいいい!」


「ハハハ。叱るよりこっちの方が君には効くのか」


「あの、蒲生晴純君はこちらですか?」


 蒲生秋岸の親族と言う呼びかけではなく、俺本人をダイレクトに呼びに来た?


 俺と鹿角は同時に互いの目線を交わす。

 それから俺だけゆっくりと立ち上がり、鹿角の真ん前になるように一歩出た。


 すると待機室の扉は、俺達の動きに合わせるように勝手に開く。

 そして俺達が何も答えないのに扉を開けた人物は、やはり入ってもいいかの確認もせずの室内に一歩入って来たのである。


 俺の目の前に立つは、紺色の上下に白衣を羽織った若い男性。

 少々明るい癖のある柔らかそうな髪は少し長めの短髪で、顔立ちが柔和そうなだからか少々頼りなさを感じる、どこにでもいそうな二十代の青年だった。


 彼の後ろで待機室の扉は自動的に閉まる。

 俺は登場した人物に対し、これから探す労力が省けて良かった、と素直に感じたために、彼に向ける笑顔はいつもよりも簡単に作れた。


「祖父の手術は終わりましたか?」


「はい。あとは人工呼吸器を抜いてバイタルが安定するのを待つだけです。心配いりませんよ。拓海教授は素晴らしかった」


「あれ、バイタルが安定したから俺に声がけをされに来たのではないのですか?」


 青年医師は微笑むと、いいえ、と否定した。

 それから自慢そうに自分のネームプレートを俺に見せつけた。

 ネームプレートに脳神経外科の新田征也とあるならば、圭祐さんが教えてくれたニッタセイヤ本人で間違いなだろう。


「ええと、にいだ?しんでん?先生?」


「ニッタです。もうお聞きかもしれませんが、俺の働きで君のお祖父さんは拓海先生の手術を受けられたんです。その感謝を俺に向けて頂けませんか?」


「感謝は強要するものじゃありませんよ」


「では、思い込みの激しい頑固な人を一緒に説得してくれませんか?」


「俺は祖父のバイタル安定の知らせを待っている状況ですけど」


「後は病室に戻るだけです。いいですよね、晴純君」


 俺のスマホが震えた。

 俺はポケットからスマホを取り出してその画面を読む。


「拓海先生自らが俺に報告に来てくれるみたいです。俺はここで待ちたいです」


「それは良い! 俺達の結果も拓海先生に聞かせてあげられる。ほら、拓海先生が来てくれるまでに、俺達はやることをやろう」


 俺は再びスマホを読む、が、どこまで読んでやろうかと悪戯心が湧いた。

 鹿角の指示のもとに動くのは、俺はとっても嫌だと感じる人間だ。

 俺はスマホをポケットに片付けると、新田に微笑んだ。


「行きましょう」


 俺のスマホは俺を激励するように再び震える。

 実は激励どころか、鹿角さんも一緒で良いですか? を言わなかった俺への叱責だろうが。


 そうして数分後、俺の足運びに何の配慮も考えずにずんずん歩く新田に、俺は無性に苛立ちを抱えていた。


 貴様は医者だろう?

 俺と言う足が不自由な人間に配慮は無いのか?

 そんな観察眼も無くて、よくぞ脳外科医なんて自負しているな。


「執刀することを禁止されているんだ。外科医が手術できないって、これは嫌がらせだ。嫌がらせを受けている人間が苛立ちで周囲が見えなくなるって、当たり前のことだろう」


「おや、口に出してましたか。では聞きますが、どうして、誰に、あなたは手術を禁止されてしまったのですか?」


「俺が祥鳳大学の卒業生と言う理由で、これから説得に行く人に、禁止されたんだよ。君達は夢を見るだけのぼんくらだ。己の未熟さを知らない人間に患者など渡せるわけはない?東大出だからって、ふざけやがって」


「たぶん、拓海先生だって同じことを言うと思いますよ。あなたは本当の拓海教授を知らない。きっと桑井先生など目じゃないぐらい、あなたに辛辣な事を言えると思いますよ。何にもわからない部外者の俺でさえ、患者の立場だからかな、桑井教授は良い先生だなって思いましたもの。って、かふっ」


 俺は首を掴まれ、そのまま適当な壁に叩きつけられたのだ。

 強い衝撃を背中に受けたせいで、肺の空気が一気に吐き出される。

 頭は、ぶつけなくて済んだ。

 咄嗟に両手で頭を守ったからだが、ちくしょう、そのせいで俺は杖を手放してしまっている。


 ポケットのスマホが煩く振るえる。

 大丈夫だからと、俺はポケットのスマホを抑えつけながら新田医師を睨む。


「医者のする事じゃない」


「俺ならば直せる。安心しろ」


「俺の頭は拓海先生製です。医者でもないあなたには直せませんよ。って、わあ」


 今度は廊下にむかって突き飛ばされた。

 やっぱり俺は両手で頭だけを守ったので、体の右側面が激しく痛い。


 だが俺は逃げも立ちも、何もしなかった。

 どうせ俺を引き起こしてくれる奴がいる。

 奴は俺を目的の場所に連れて行きたいのだ。


 案の定、俺はすぐに新田に乱暴に立たされ、次いで、首根っこを押さえつけられて無理矢理歩かされる羽目になった。


 病院スタッフはどこ行ったよ。

 こんな暴力男が足の悪い中学生にやりたい放題しているぞ。


「あんたは、俺から拓海先生を紹介して欲しいんじゃなかったのか?」


「医療過誤を脅しに使って、好き放題してるだけだろ?」


「すっごい誤解。解くのも面倒だからいいけどさ、それ、どこ情報?」


「君のお母さんは真っ当だな。真っ当すぎて哀れだよ。息子の際限のない振る舞いに心を痛めておられた。君には騙されたよ。君なんか拓海教授の大事な子供なんかじゃぜんぜんなかったじゃないか。ほら歩け。階段から落とされたいか?」


「ハハハ。良い話を教えてやるよ。そのババアを階段から落とした方が、あんたは色々な人から感謝されて英雄になれるね」


「――ほんと、君はどうしようもない子供だね。少年法を勘違いして増長して、きっと処分した方が社会のための人間だ」


 新田は足を止めた。

 俺は新田が扉を開けた瞬間、その部屋に投げ込まれていた。

 桑井教授の教授室だってことは、考えるまでも無かったけれど。


 だけど、桑井教授が頭から血を流し、椅子に縛り付けられている姿を目にするのは、想定していたとしてもきっついな。

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