参考資料その一 チョウゲンボウはホバリングをする
「あそこは俺がいない日にこそ行くべきじゃないか?」
「そういう人の罪悪感を煽る言い方は止めようか」
俺は目の前の親友を睨むが、親友は俺に睨まれた事こそ、嬉しい、という風に目を細めて笑顔になる。
「晴純?僕は本気で君に注意しているんだよ」
「ごめん。その気持ちが嬉しくて」
晴純は、へにゃっとしか表現できない笑顔を俺に見せる。
俺は彼のその笑顔で何でも許してしまう自分は何なのだろうといつも思う。
それなのに、いつもの台詞を唱えて彼を許してしまうのだ。
「しょうがないな」
「しょうがなくない!!悠、私達は四人一緒だとついさっき誓ったはずよ!!」
幼馴染の夏南が俺に叱責の大声をあげた。
彼女は泣き虫で控えめな少女だったはずだよな、と、俺は幼馴染の(決して恋人ではない)夏南を見つめながら心の中で首を傾げる。
「そうだ!!悠君!!君は流されやすすぎるぞ!!かっこ、ハレ君に対してだけ、かっこ閉じる!!それだとお付き合いしている夏南に不誠実では無いか?」
そもそも俺は夏南とお付き合いしていなかったはず、だけど?
夏南の横に彼女の親友で自称晴純のお世話係の有咲が並ぶが、その光景もいつものことだが、毎回どうしてこんな体格差がある同士が仲良くなったのかと俺は世界の七不思議ぐらいに不思議に思う。
有咲は俺よりも背が高く、きれいな顔立ちも相まってモデルそのものだ。
対する夏南は背が低く、何かのキャラクターの様な印象である。
夏南は夏南でとっても可愛い顔立ちなんだけどね。
「俺に構わず行ってくれないとさ、俺こそ罪悪感なんだけど?大体あんな広いだけの子供だましの場所なんか俺は行きたくないし」
言い方!!
俺は毒舌すぎる晴純を見返すが、彼は夏南の突撃を受けたところだった。
「子供が子供だましに騙されなくてどうするの!!子供時代は一瞬なのよ!!」
「そうだよ、ハレ君。あたしたちは皆で思い出を作ってこそなんだよ!!ハレ君が疲れたらあたしが背負う。悠君も背負う」
「そして夏南に俺は引き摺られてすりおろしの目に遭うと」
「はれすみぃ!!」
「ハレ君てば!!」
「有咲。俺は君達の持つもう一枚のチケットの方、ジンベイザメがいる水族館にこそ一緒に行きたい。有咲と夏南は三日後に帰んなきゃだろ?だから明日をバリアブルスタジオパークに使って欲しいだけなんだけど、駄目か?」
俺はこういう時晴純を見習いたいと思う。
有咲は嬉しそうな笑顔になって、いいよ、なんてはにかんで答えたのだ。
俺に晴純の技があれば、夏南をもう少し抑えられるかもしれないのに!!
「あーもう。有咲ったら甘い。でも、私も一緒に行きたいって言われたいな」
夏南は俺を恨めしそうにして上目遣いで見上げた。
晴純のスキルが無い俺はどうしたか。
「情けなく笑って誤魔化すしかなかったなあ」
俺は昨夜の会合を思い浮かべながら、上手くできない自分を罵りながら、バリアブルスタジオパークのベンチの一つに座る。
今の俺の姿は、薄手のフード付きパーカーを羽織り、左手には杖という姿だ。
顔はフードを目深に被ることで隠している。
これならば、俺を晴純と見間違えてもらえるか。
船を降りて晴純と別れた後、バリアブルスタジオパークに向かう俺達は三角達に呼び止められ、俺達への警護のために彼らが同行すると説明された。
晴純を狙った昨日の武装勢力で生き延びた奴がいて、そいつらは晴純の友人である俺達にも害をなすだろうとの予測からだそうだ。
「晴純は大丈夫ですか?」
「晴純君にはうちのボスが貼り付いている。それで君達には気にせず好き勝手に遊んで欲しいけど、敵の目を引いて欲しいとも思っている」
「僕達に囮となれ、ですか?」
「嫌かな?」
「いいえ。望むところですよ」
「それなら俺が兄のふりをします!!」
俺は純粋に晴純の弟の出現にその時驚いていたと思う。
これは蒲生家が集合するための家族旅行だったのでは、と。
そして悠は思っただけでなく尋ねてもいた。
「君こそ家族の集まりに行かなきゃじゃないの?」
「ハハハ。その俺こそ子供らしく遊んで来なさいと母に追い出されました。こんな初めて来た場所で何をすればいいのか。尋ねもしましたよ。そうしたら、君達に付いて行けと」
自嘲するように、泣きそうにも見える顔つきで蒼星は答え、昨夜の晴純が自分の母親について俺に告白した事を思い出していた。
君には理解できないかもしれないけれど――俺だって分からないんだ。
だね。
「君のお母さんはおかしいの?」
「たぶん。俺は子供で、子供だったから母の言う通りにしてきました。だから、兄が苦しんでいる時でも何もできなかった。だから、兄の身代わりぐらい俺がします」
俺は落ち込んで頭を垂れている晴純の弟を見やり、彼が猫背になって歩いても晴純には絶対に見えないと瞬間的に思った。
蒼星に同情する前に、こいつじゃ晴純の身代わりになれない、と判断してしまっていたのだ。ついでに、蒼星が近くにいるその場所で晴純の危機を伝えてきた三角の思惑にも気付いていた。
「直接僕に言えばいいのに」
「すいませんね。俺達は立場上、見守っている子供達が変な事をし始めて変な事になったから助けた、を通すしか無いんですよ」
「なんだそれ。いいですよ。やりましょう。それで、蒼星君。君は僕の役目をするんだよ?格好良く、胸を張って、僕が伝説になるくらいに、堂々と頼むよ」
蒼星は俺に尊敬の視線を向けたが、夏南と有咲は全部わかっているとニヤニヤ顔を向けた。わかっている、俺は晴純が俺に言う台詞を使ったのだ。
そうしての今だと、俺は周囲を見回す。
夏南に有咲と、そして蒼星は、乗りたくもないライドに出来ている行列の後尾に並んでいる。彼らは数分前に俺が晴純だと周囲に思わせられるような演技をしながら俺から離れたが、俺に何かあったら駆け付けられる場所からは絶対に動かないという気持らしい。
晴純だったら彼らは晴純の言う通りにもっと離れるだろうか。
違うな。
晴純はそもそも俺達に知らせずに勝手に動くのだ。
「僕はいつになったら彼に頼ってもらえるくらいになるのかな」
そこで俺は嗤う。
一人称に「僕」をまだ使っているじゃないか、と。
自分を僕と称するのは、優等生の仮面を被り、親や周囲に自分が良い子と見られようとするためだからじゃないか。
「こんなんじゃ、信用しろって方が無理か」
俺は情けない自分を振り払うべく大きく息を吐き、晴純の振りをするための必需品である杖の柄をぎゅうと握りしめた。
手の平が受けるしっかりとした木の感触は、浮つくばかりの自分を叱責するように固く、揺るぎないもののように感じる。
きゃあああ!!
わあああ!!
周囲で悲鳴が上がる。
四人の男達が周囲の人間を突き飛ばしながら、俺に向かって走って来たのだ。
だが、彼らが俺の元に辿り着く事は無い。
三角達がいるのだ。
だが俺は、三角達が地面に押さえつけた男達の顔を見て、純粋に驚いていた。
三角達に拘束されている四人全員が、姉が恋したという反社の男、若頭と呼ばれるその男の手下達だったのである。
晴純を狙う男は、武雄家を狙う反社の男の手下も取り込んでいたというのか。
この短時間で?
「もしかして、最初からこっち狙いで三角さん達は動いていた?」
パアン。
紙袋か何かが割れる軽い音が数メートル先の集団にて響いた。
きゃあああ!!
悲鳴が起こり、それを合図に倒れた人の周囲にいた人々が一斉に走り出す。
蜘蛛の子を散らすように、あちらこちらへと。
俺の周囲のクリアだった視界は人混みだらけとなった。
俺は杖を握る。
脅えた様にして。
「さあ行こうか」
人ごみに紛れて俺に近づき俺の前に立った男は、俺の頭に銃口を突きつけた。




