相談その四 盤上に乗せられたならばゲームは開始せねばならない
祖父と俺は町は違えど同じ県の住民だ。
そして、関東地方のわが県に世界一の脳外科医がいる祥鳳医療センターがあるならば、普通に考えれば大阪の病院になど行く事さえ考えないものなのだ。
そもそも祖父が祥鳳大学医療センターに行かずに近所の病院で受診してたとしても、脳にメスを入れねばならない患者の為に紹介状を書くならば、脳神経外科と言えばの祥鳳大学医療センターにまず書かねえ?
それなのに、なぜ祖父は大阪を選んだのか。
それだけでなく、なぜ拓海のライバルらしき桑井教授が担当医なのだろうか?
桑井さんは蒲生秋岸が俺の祖父だって知らなかったっぽいよ?
そこで俺は兵頭にメッセージを送ったのである。
祖父が大阪の祥鳳病院に行くことになった経緯を教えて欲しい、と。
「アンリに、では無いんだね」
「アンリはそこまではって――知ってた?あなたに聞けばって奴だった?」
「いや、知らなかった。私こそ兵頭さんに聞きたかったから、願っても無い」
ああ、鹿角が聞いても兵頭ははぐらかすだけだものね。
俺は少々優越感に浸りながら送信とタップしたが、本当に世界は辛辣である。
兵頭の返事は、わからない、だった。
それも、てへへぺろ系のむかつくスタンプで表現された、わからない、だ。
そればかりでなく、さらに俺を煽るかのような文章が続いている。
御厨の代りの患者が晴純君のお祖父ちゃんだったなんて、縁ね!!
絶対に成功するから大舟に乗った気持ちで待ってて。
「泥船に乗った気がするのはなぜでしょう。執刀医は拓海先生なのに」
「ハハハ。君は本当に毒舌なんだな。だから尚更可愛いくて手放したくなくなるんだろうね」
「中坊にぞぞっと来る物言いは止めてください」
俺はとりあえず絶対に知っていそうな祖父の身内に賭けることにした。
圭祐と美奈の現状を確認せねばと言う気持ちもある。
明日のニュースで三日前の老人の死の原因が寄生虫だったと流されれば、原因らしいケーキを不特定多数に配った美奈達こそ魔女狩りの魔女として火あぶりにされる可能性が高いのだ。
さて、こういう時、アンリは便利だ。
交流のない従兄妹達の番号を俺が知っている訳はないが、アンリに照会すれば検索してくれた上に相手の番号に繋いでくれるのだ。
「はい、美奈です。誰ですか?」
「久しぶりです。従弟の晴純です。美奈さんにお聞きしたい事があって」
「おう晴くん。母さんもばあちゃんもいなくて、私と兄貴だけだけどいい?」
ニホンゴ難しいね!!
それとも美奈さんの定石の冗談なのかな?
「いいです。お祖父ちゃんのことで聞きたいだけだから。お祖父ちゃんがどうして拓海センセイの病院じゃなくて大阪の方に行っちゃったのか知っている?」
「ええ~普通に祥鳳大学の紹介だよ。あれ、研修医だったかな?急いで手術しなきゃだけど、拓海センセイは順番待ちが凄くてこっちじゃ無理だって。でも、拓海先生の七月の大阪行きに合わせて押しかければ絶対に手術してもらえるって。でしょ?そうじゃなかったの?」
「うん。お祖父ちゃんの執刀は拓海センセイだった。で、ええと、その紹介してくれた先生の名前わかるかな?俺もお礼を言いたい」
「いいよ、ええと。あ、ごめん違った。うそうそ一杯だった」
「何が違うの?で、うそうそ?え?」
「あのね、お祖父ちゃんが手術しなきゃってなったのは、近くの総合病院でだった。そんで、お祖父ちゃんに大阪行きを薦めたのが、前田ちゃんの彼氏」
「――医者じゃ無いの?」
「だから医者だって。祥鳳医大の医者だって言ってた。ほら、私はミス張戸ちゅー栄光に輝いたじゃない?」
「ミス?すごいですね」
「参加賞でみんなミス?ばかミス賞だっけ?そんなんだよ、晴純君」
「兄貴うるさい。で、ミスな私は商工会議所とまちカンパにぃとかいう団体のお祭りに参加したわけだ。でね、前田ちゃんはその団体の人。その彼氏も手伝いに来ててさ、うちの晴純が拓海先生の養子みたいになったって言ったら、食いつく食いつく。すごいね。同じ大学で同じ医者でも、普通のお医者は拓海センセイとおしゃべりも出来ないんだね」
「で?その先生の名前は?」
「あ~、ええと」
「ニッタセイヤだ」
やっぱり美奈との通話に横から声を出したのは、美奈の兄で俺の従兄の圭祐さんである。俺は、彼はきっと大学名関係なく大成する人だ、そう信じながらありがとうと言ってスマホを切る。
「積もる話は圭祐君としなくていいのかな?」
「緊急事案を片付ける方が先です」
「今回の大阪行きはアンリの仕業じゃ無かったわけだ」
「ええ、アンリは乗っかっただけですね。蒼星が俺に家族旅行の話を持って来た時点で、全て計画して動かしていた人間がいたようです。蒲生家の大阪行きは祖父の大阪行きを知らされてからの決定でした。そして拓海先生が御厨からの仕事受けたのは、俺が大阪に行かねばならなくなったからです。俺はニッタ医師を問い詰めねばなりません」
「ニッタ医師がどこにいるか知っているかな?」
「あ、そか。あっちか」
「いいや。拓海先生を呼び寄せたんだ。きっと彼はここにいて、現在拓海教授の神業を見学していることだろう」
「そっか、ならば」
「そう。今は私と君の時間だ。さあ、ドゥーニを捕獲しようか」
鹿角の台詞に呼応するようにして、俺のスマホは震えた。
アンリが捕らえたドゥーニの位置情報である。
「ふざけるなよ」
俺の声は震えていた。
なぜならば、アンリが表示した位置情報は俺がいる場所ではない。
友人達が楽しんでいるはずのテーマパークである。
そして、恐らくパーク内のカメラがアンリの手先となったからか、俺のスマホにはドゥーニが狙う俺の姿が見えていた。
有咲達を俺がするように追い払い、彼らの姿を見守ることこそ幸せなんだという風に一人ベンチに座る、俺の格好をした悠の姿が。
「アンリ!!中止だ!!中止にしてくれ!!」
「アンリも了解済みだ。私もアンリも君のスタンドプレイには思う所があるのでね。今日の君はベンチ入りだ」
「おまえ」
「それでね、君はもっと武雄君を信じてあげようか。それから私の手足のことも」
俺は歯噛みしてスマホの画面を覗く。
ああ、どうして、悠が。
「もともとは君の弟が囮になるはずだった。警護を付ける理由を武雄君達にしている時に聞かれてね、それなら俺が兄の代りになるってね、志願したんだよ」
「なのに、悠が、なのか。わざわざ馬鹿正直に警護理由を説明とか、あんたららしくない。確かに蒼星よりも悠の方がまだ俺の背格好に近いものな。もともと悠を囮に仕立てるつもりだったんだろ」
「ドゥーニは動いていた。我々も動かねば」
「――蒼星は落ち込んでいるんじゃないのか?あいつはあんな育てられ方をしていても、公正で優しい奴だよ」
「全く。君は私を操るのが上手いな。罪悪感をありがとう」
「どういたしまして。アンリが言っていた通りにしただけだよ。人を操り動かすには恐怖でも愛でもない、罪悪感こそだって」
「その通りだな。君の弟は君に対して罪悪感ばかり抱いていたよ」
俺は鹿角に一本取られた。
先に鹿角を攻撃したのは俺なのに、俺の方こそ罪悪感を抱かされた、とは。
まるで、自分の駒のポーンを犠牲にして相手の行動を制限してしまう、キングスギャンビットの戦法そのままではないか。
俺は鹿角に怒りを抱きながら、スマホに目線を落とす。
大事な親友の姿を一瞬だって逃すものかと思いながら。
どうしてドゥーニを示す星が五つもあるのかと、ぞっとしながら。




